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ヴーヴ・クリコ・レア・ヴィンテージ 1988

ヴーヴ・クリコ・レア・ヴィンテージ 1988

生産村:ランス(Reims)   色:泡・白
ごく限られた、優良年のヴィンテージ・シャンパンを、20年近く熟成させ、飲み頃を見極めて出荷された、レア・ヴィンテージ!アフターテイストがうっとりするほど魅力的でリッチな88年。オレンジを彷彿させる素晴らしい果実味と深み!」バックヴィンテージが年々高騰するシャンパーニュにおいて、この価格は魅力的。Richard Juhlin 95

在庫:

品番:71090

配送:クール便推奨

価格:19,857円(税抜・送料別)

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Robe:

ピンク色がかった麦わら色。

Service:

10℃

Nez:

オレンジ、ドライフルーツ、花のアロマ、トースト、ブリオッシュ。

Garde:

Palais:

オレンジを彷彿させる素晴らしい果実味と深み。泡立ちは繊細かつ長く続く。

Cepage:

68%:ピノ・ノワール、32%:シャルドネ

生産者の紹介

ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン[Veuve Clicquot Ponsardin]
【NM】
 (Reims)

ヴーヴ・クリコの歴史は、ランスの銀行家であり衣料商であったフィリップ・クリコが1772年にある女性と結婚したことから始まる。
その女性の資産にブージィとヴェルズネのぶどう畑があったため、本業の傍らシャンパーニュ造りをはじめたが、後に息子のフランソワはこのシャンパーニュ造りを本業とした。

1798年にフランソワはニコル・バルブ・ポンサルダンと結婚し、シャンパーニュ造りを本業としたのは3年後の1802年のことである。 しかし、フランソワは翌年の1803年に他界してしまったため、父フィリップはシャンパーニュ・ビジネスからの撤退を決意するが、ヴーヴ・クリコ・ポンサルダンは夫フランソワの意志を継ぐため、1805年、28歳の若さでシャンパーニュ・ビジネスを引き継いだ。

フランソワ時代からロシアに対してシャンパーニュのセールスを行っており、1805年には、25.000本のボトルがロシアに輸出された。
1814年当時はまだ平和条約が批准されておらず世の中はとても荒れており、ロシア国境は閉ざされていたが、マダム・クリコは大胆にも貨物船「ル・ゲブローダ」を準備し、封鎖が解かれるやいなや、大量のシャンパーニュをロシアの首都サンクトペテルブルグに出荷した。 このようにマダム・クリコは自らの勇気と商才により、1814年にロシアで大成功を納めた。 またマダム・クリコはシャンパーニュ製法の歴史にも重要な役割を果たしており、1854年には今日でも使用されているピュピートル(ルミーヤージュ(動瓶)のための基本的な器具)をアンリ・アベレのアベレ家と共同で完成させ、ピュピートルで3〜4ヶ月もの間、毎日8分の1ずつボトルを回転させるルミヤージュの技術を完成させた。

この彼女の偉業をたたえ、尊敬の念を込めてシャンパーニュ地方ではマダム・クリコを「ラ・グラン・ダム(偉大な女性)」と呼んだ。  ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン社は約280ヘクタールの畑を所有しているが、このうちの160ヘクタールが99〜100%グランクリュであり、全体でも平均約97%クリュである。(この畑で栽培されるぶどうからは必要量の約30%が得られる)

年間平均出荷本数は約900万本で、全長24kmにもおよぶ貯蔵用の地下セラー(地下25m)には約4000万本のボトルを含め、3億2000万本分のストックが眠っている。

ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン社は、「まず何よりも品質、それが最も大切なこと」というマダム・クリコの言葉に忠実に品質の高いシャンパーニュを作り続けている。

関連情報

Pays : France

Region : Reims

Appellation : Champagne

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