酒をつくる「みむろ杉 木桶菩提酛」の新価値提案~時を楽しむ~

日本酒が古来より醸され、酒の神様と呼ばれる大神神社のお膝元、奈良県三輪の地。この地で約360年に渡り酒を醸し続ける今西酒造は、フレッシュで米の旨味が広がるキレイな酒として人気の「みむろ杉 ろまんシリーズ」で多くの賞に輝く、注目の酒蔵です。この度新たなスタイルの酒「みむろ杉 木桶菩提酛」の発売にあたり、今年就任10年目を迎えられる十四代蔵主今西将之さんのインタビューを踏まえ、実際のコメントをたどりながら、その魅力に迫りたいと思います。

三輪の地を表現する酒

みむろ杉 木桶菩提酛
みむろ杉 今西社長

「本質的な日本酒の価値は、米と水だけでは上手く表現しきれません。その土地の文化、歴史、土壌、手仕事を掛け算することでより良く表現できると思っています。」

20代で家業を承継した頃から、三輪のテロワールを掛け算で表現した酒を造りたいという強い思いを持たれていました。そのためには、設備や人材への投資が必要で、またブランドの認知、パートナー酒販店とのネットワークが必要となります。この数年でそれらが整い、ようやく実現できるステージに立てたという事なのです。

日本酒も高価格商品が楽しまれる時代になりましたが、多くは「精米歩合」や「米の品種、産地」に左右されるもので、もっと別の本来的な日本酒の価値があるのではないか。そんな思いに立って、菩提酛、吉野杉、米をテーマに、三輪の地を表現する酒として取り組んだのです。

正暦寺菩提酛との位置づけ

みむろ杉 木桶菩提酛
みむろ杉 今西社長

「この酒は、みむろ杉独自の菩提酛を使用し、三輪の地の酒造りに恵みを与え守ってくれる杉と水に敬意を払い、みむろ杉の醸造哲学で造った酒です。杉が清涼感と複雑味を、菩提酛が厚みをもたらした結果、キレイでありながら複雑さを持ち合わせた酒になりました。」
(補足:今までの正暦寺菩提酛は「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」加盟八蔵共同で麹・酛造りを行い、出来た酛を八蔵で酛分けして各酒蔵で仕込みます。)

ご自身も参画されている「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」の活動は23年になります。歴史上の技術書に基づき、正暦寺の協力を得ながら当時の製法を再現し続けていることは、文化伝承としての功績は大きく称賛に値する活動です。さらに研究会が素晴らしいのは、今年より、自らが保有する菩提酛の商標を定義に合えばどの蔵でも名乗れるようにし、優れた醸造技術として活用できるように門戸を開いたのです。

この「みむろ杉 木桶菩提酛」は、正暦寺菩提酛とは一線を画したものです。今回の「みむろ杉 木桶菩提酛」はみむろ杉独自の菩提酛に加え、杉も生かし、みむろ杉の醸造哲学「清く正しい酒造り」に基づいて造り上げたもので、“ろまんシリーズ” と並列する新たなブランドと位置付けています。

菩提酛、神仏習合のラベル

みむろ杉 木桶菩提酛
今西社長

「生米を水につけ天然の乳酸菌を培養するそやし水を使う事が一番の特徴です。その強い酸性環境が優良な酵母だけを守り、しっかり発酵ができる。菩提酛造りはナチュール、つまり超自然派の造りなのです。」

菩提酛とは、室町時代に奈良の菩提山正暦寺で確立された酒造りの事。そこには三段仕込、諸白仕込、上槽、火入れなど、現代の酒造りの原点があります。造られた酒は「菩提泉」と呼ばれ、それまでの濁酒とは違う澄んだ清酒であったことから、正暦寺は清酒発祥の地とされています。(参考:日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMA教本)

ラベルは仏教のシンボルである蓮華の葉に形どられ、そこに大神神社ゆかりの白兎と白蛇を飾り、御神花のササユリもあしらったデザインです。また、三輪は能に由緒ある地でもあり、能楽の三輪の歌の原本に倣った字体をブランドロゴにするこだわり。三輪の地らしく、日本酒の起源である「神事としての文化」とそれを発展させた「正暦寺の仏僧の技術」が一体となる神仏習合の世界観をイメージしているのです。さらに、裏ラベルには三輪山の杉をかたどったシダーマークを描き、その色や本数で熟成度を表現し、従来の価値観とは異なる斬新なものになっています。

杉樽の優れた特性

みむろ杉 木桶菩提酛
今西社長

「杉材には抗菌効果があると考えています。具体的な効能は何度も仕込みを繰り返すなかでわかってくるので、これからです。木桶からホーロータンクに移行した時代に酒質が変わったと言われたこともあり、木桶の魅力を新たに発見し、引き出していきたいです。」

三輪がある桜井市は吉野杉の集散地として有名です。幹の太さが均一で節がなく、香りが良い吉野杉は酒樽などの加工に適した高級材です。400年にも及ぶその加工技術は今もなお継承され、お陰で吉野杉の大樽を活用した木桶菩提酛が可能になったのです。清らかな水と杉は三輪山からもたらされた恵みで、身近にあることに感謝と敬意が払われています。日本酒造りに酒樽の活用が増えていけば地元の木材産業に貢献でき、恩返しすることができる。地元の恵みに感謝し共に歩む思いが、この酒には込められているのです。

木桶はばらして組み立て直す等メンテナンスがとても大変なのですが、杉材加工のプロにお願いしているとの事。手間暇を惜しまない姿勢は凛としてぶれない。将来この木桶に微生物が住み着き、さらに魅力が深まっていくのが楽しみです。

米について

みむろ杉 木桶菩提酛
今西社長

「酒造米は、農家毎に仕込み、ブレンドもしません。それは農家毎に米の特徴が違うからです。三輪の大地にとってより良い酒米を作るにはそのフィードバックが大切。ですから、自らの理解を深めるため、昨年より自社田を始めました。」

地元の米にこだわるのは、地元への社会貢献は当たり前のことで、共存共栄の精神で日本の原風景を守り、次世代につなげる思いがある。また、自分たちも田圃をやっているからこそ農家に共感し、理解できることも増えます。このお酒はあえて精米歩合を公表しない。なぜなら三輪の大地で手塩にかけて栽培された米を、それぞれの良さを生かす精米歩合で磨くことが何よりも大切だからです。

ロット毎に変化をつける

みむろ杉 木桶菩提酛
今西社長

「初年度の仕込みはロットも小さく仕込みました。木桶菩提酛は超自然派の造りなので、注意深く仕込むためです。経験を積んでいけば仕込みの量や回数も増やせ、更にバリエーションを提供することが可能になるでしょう。」

かつて日本酒製造業は、その工程が複雑なこともあり、また制度や伝統等によって自由ではありませんでした。しかし、現在は技術や設備が進化し、かなり自由にできるようになりました。何よりも自由な発想で造った酒を受け入れてくれる消費者の存在が造り手の励みになり、チャレンジができるのです。

2020年ヴィンテージの今回は菩提酛蔵の2基の木桶毎に2回、合計4ロット仕込んだとの事。ロット毎の特徴はバラバラで、その中の1つが今回リリースされます。今後どの順番でどのタイミングで出すかは未定。熟成度を見ながらの判断になるのでしょう。これが「みむろ杉 木桶菩提酛」の新しい価値提案の第一歩なのです。

ティスティング、合う料理

みむろ杉 木桶菩提酛

大ぶりのワイングラスで少し冷やしめで頂きました。色は若干黄緑がかった澄んだプラチナカラー。グラスを揺らすと液面が縁にまとわりつき、その濃厚さを感じます。

香りは熟れた杏のような果実のニュアンスと乳酸由来の杏仁豆腐のような柔らかい甘酸っぱさが広がります。さらに木桶由来の清涼感のある香りやシナモンのような香りが複雑に合わさり、奥行きを感じる。温度が上がってくるとさらにきのこやナッツのような香りも出てくる。

口に含むと、みむろ杉らしいシルキーでソフトな口当たり。甘味と旨味、その他の味わいが複雑に絡み合い、しっかりとした酸がそれらを抑え、まとめていきます。清らかで太い印象の余韻が心地よく、噛みしめるほどに味わいが深まります。熟成すると香ばしく、酸が丸みを帯びてメローになった味わいが楽しめるでしょう。

今西社長

「噛みしめて飲みたい酒ですので、蛸や鮑、大和肉鶏など噛みしめる料理が良いですね。」

この酒にはまず、肉料理をお勧めしたい。鴨のオレンジソース、ラム肉のロースト、肉のプラム煮、焼肉はタレで。また、鰻の蒲焼、北京ダック、酢豚、イベリコハム、ウオッシュチーズなど味わいのしっかりした料理を。乳酸のニュアンスに合わせてトムヤムクンやグリーンカレーなど辛味のある料理も試したい。魚は、鮪、鰤もいけますが、鰹の土佐造りや平目の昆布締めを刺身で。鰆の西京焼きなどの粕漬けやホッケ開きなど干物も合います。これらを吉野杉のプレートや食器で頂くとさらに魅力が引き立つでしょう。

ヴィンテージ日本酒の可能性

みむろ杉 木桶菩提酛
今西社長

「速醸の酒を熟成させてもなかなかうまく行かない。たまたま熟成させただけでは本来の魅力のある熟成酒にはならないのではと思い、最初から熟成させることを狙った酒を造りました。」

明治時代以降、日本酒は熟成しないものとされていました。酒蔵は腐造を嫌い、家庭では買い置きはあまりしない。品評会では色や香りに熟成感があるものは評価が落ち、税制などの影響もあり、なかなか熟成酒に取り組む環境になかったようです。

さらに、熟成技術を検証するには長い年月が必要で、ノウハウの蓄積も少なく手探りの状態。本来、アルコールには、熟成により美味しくなる特性があるはずなのですが、残念ながら今まで日本酒にはあまり生かされていませんでした。つまり、逆に言えば、今後の可能性に満ちあふれているのです。

時を楽しむ

みむろ杉 木桶菩提酛
今西社長

「この酒のコンセプトは “時を楽しむ” です。熟成を前提に造っていますので、ワインのように同年に仕込んだロットの 飲み比べや製造年を遡って飲み比べるなど、日本酒の新しい価値として楽しんで頂きたいです。」

ワインのように熟成を楽しむ、と言えば、ヴィンテージやブドウ品種や熟成樽等の情報が必要に思われます。しかし、この酒は新しい価値軸として、実際お飲みになる皆様が評価なさればいいのです。是非、三輪の地で醸した酒としてシンプルに楽しんでみては如何でしょうか。では、気軽に時を楽しんで頂ける方法をご提案致しますので、是非ご参考下さい。

【ショートコース:一本をゆっくり楽しむ】
冷蔵庫で冷やした酒をグラスに注ぐと6~7°C位になり、その状態でまず楽しみます。これは刺身で。少し時間がたち、10°C位になってくると香りが増え味わいも深まっていきます。更に温度が上り15°C位になれば、肉料理でじっくり楽しみたい。

【ミドルコース:一本をじっくり楽しむ】
1本を何日かに分けて変化を楽しむ飲み方。初日は、開栓したばかりのフレッシュな状態を楽しみます。一旦冷蔵庫で保管し、数日後、少し温度は高めにして楽しみます。香りはフレッシュ感は弱まり、キノコ等の香が少し出ます。再度冷蔵庫で保管し、1週間後などに、酢豚等味の濃いめの肉料理で仕上げましょう。保管温度は、飲みきるまで2週間かかるのでしたら5°Cの冷蔵庫で。1週間でしたら14°Cのワインセラーだと適度に熟成反応が進むと思います。一晩常温(20°C前後)で放置し、どのような変化になるか楽しんでも良い。味わいに深みがでるメイラード反応も少し楽しめます。

*メイラード反応・・・アミノカルボニル反応の一種であり、還元糖とアミノ化合物のメラノイジンなどの褐色物質を生む反応で、温度が高いほど反応が早く起こる。具体的には玉ねぎのみじん切りを炒めて飴色にしたり、味噌や醤油が熟成により黒みを帯びる事。結果的に旨味も深まる。(参考:日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMA教本)

【とっておきコース:瓶熟成を楽しむ】
これは上級編と言っていいでしょうか、未開栓のまま熟成を楽しむ方法。1本目は買ってすぐ、ありのままの酒として楽しみます。2本目は1年後。1年間の熟成を楽しみ、その酒のポテンシャルを推察します。3本目はポテンシャルに応じて開栓する時を自らお決め頂き、記念日などにとっておきの料理と楽しんで下さい。

日本酒の新時代を予感する

みむろ杉 木桶菩提酛
今西社長

「何年か経てばロット毎のスペック情報を公開し、ヴィンテージチャートのように楽しんで頂くことも考えたいです。」

発売時は言わないけど、後でしっかり種明かしをするような姿勢がいかにも真摯な今西酒造らしい。消費者としても、正直飲む前に聞きたいものですが、それだと今までと何も変わらない。今回は酒米、精米歩合、酵母に関し、あえて質問しませんでした。そのほうがこの酒をシンプルに楽しめると思ったから。そして、何年か後に情報が開示された時、“あ、そうだったんだ。” という感動を味わいたいと思います。

三輪の米に菩提酛と木桶による風味を掛け合わせ、ピュアでありながら複雑味を持ち合わせた酒。三輪の地故になせる神仏習合のイメージで新たな日本酒の価値を提案していく。そのままでも、熟成しても楽しめるこの酒は、味わう毎に新たな表情を見せてくれるでしょう。これはみむろ杉の新たな山であるだけではなく、日本酒文化の新らしい価値の広がりになっていくのではと期待し、胸が高鳴るのです。

<ご参考:日本酒の保存について>

搾りたての酒にあるばらついた感じは、熟成によりなめらかに溶け込みます。日本酒は開封後の品質変化のリスクはワインに比べはるかに少なく、上手に保存することで広く楽しむことができます。大気中に存在する野生酵母の影響でオフフレーバー(不快臭)が発生することがありますので注意が必要です。今回は温度帯の特徴とオフフレーバーについて、簡単ですが、ご紹介いたします。

みむろ杉 木桶菩提酛

【管理する温度】

-5°C・・・これ以下になると凍結の恐れあり。酒蔵が変質変色を避けるための保管温度。
5°C・・・一般的に微生物が活動できない温度。冷蔵庫の温度は2~5°C。
14°C・・・ワインセラーで赤ワインを熟成させる温度。数年で琥珀色の熟成古酒が作れる。
18°C・・・常温。変化を早めたいときに試してください。
22°C・・・エチルアルコールが単体で気化する温度。

みむろ杉 木桶菩提酛

【オフフレーバー対策】

・冷蔵庫内で密封されていない納豆などの発酵食品と一緒にしない。
・野菜にはいろんな微生物がついています。冷蔵庫の野菜室に入れる際には酒瓶をビニール袋に入れ、口をふさいでおく。
・日光に当てると玉ねぎのようなツンと蒸れた香りがつく。瓶に茶色や緑の色がついているのは光を通しにくくするため。保管は冷暗所に静置が大原則です。
・アルコールが酸化すると酢酸が発生し酢の香りが生じます。瓶は栓をして冷蔵すること。

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