酒をつくる油長酒造 新ブランド「水端」~よみがえる日本酒の源流~ 後編

醸造責任者にお話を伺う

水端

水端の醸造担当の山之内さんは、風の森の麹担当でもあります。水端の酒造りは風の森の酒造りの合間が主流になるのですが、酒造期間が重なるときは掛け持ちとなります。大変だと思うのですが、そのお話しぶりには充実感が溢れ伝わってきます。

水端

水端はコンパクトな造りですが、醸造全体を管理することは神経を要します。

今までにないやり方で、文献や論文を読み解きながらの作業となればなおさらです。

今回は仕込み配合の施行錯誤を何度か経てようやく出来上がった、との事。発酵温度が高いので14日間で酒が出来上がり、30日以上かけて発酵させる風の森とは真逆のスタイルに改めて驚かされます。

甕は空でも100キロ以上あり、そのままでは動かすことはままなりません。キャスターに乗っており、洗浄作業時などは移動ができます。日本酒の仕込み容器としても未知な部分が多く、何度も仕込みを重ねることで甕仕込みの貴重なデータが集まるのです。

上槽も酒袋に小分けにして槽に入れ、搾る。風の森のヤブタ式とは全く別物で、すべてが初めてのやり方なのです。

味わい及び飲用スタイル

水端

お話を伺った後、完成した水端甕仕込みを試飲させていただきました。

色合いは、入れたての大和茶のようで、ほのかにミルキーさの残る淡い黄緑色。菩提酛らしいヨーグルトの香りに木の香りも感じられます。とろみのある口当たりはデリケートな瓶燗火入れによるものでしょうか。

乳酸によるしっかりとした酸とまろやかな甘味はバランスが良く、チェルシーのヨーグルト味のようなふくよかな印象です。多様な苦味や旨味を酸ががっちりとまとめて、しっかりとした余韻が長く味わえます。まさに五臓六腑にしみ渡る味わいです。アルコール度は11%と低いですが、濃厚な味ですので、夏は氷を入れてオンザロックで古代のチーズ「蘇」をアテに飲めば、中世の貴族になった気分を味わえますね。

ちょっとつまむのでしたら、口子やカラスミなどの珍味や、塩味の強いブルーチーズがぴったり。ぬた和えなどもいかがでしょうか。また、乳酸飲料のラッシーのようにスパイシーさをマイルドにしてくれるので、特にタンドリーチキンやトルコ料理などエスニック料理に相性が良いでしょう。ほか、鰆の西京焼き、ピータンやエビチリ、パテドカンパーニュなどもお薦めです。

文献に記された中世の酒造り

水端

中世の文献によると、当時は季節毎に適した酒母が使用されていたようで、立秋から秋分までは菩提酛、秋分から立冬までは煮酛、それ以降は生酛を使っていた事が記されています。そこには四季折々の酒造りがあり、酒のタイプもそれぞれ特徴のあるものだったのでしょう。

ところが、江戸時代、米の価格を安定させるため、幕府は度々酒造制限令を出し、8月から10月の酒造りを禁じました。その為、冬場に一気に醸造する事になったのです。また、生産性の向上の為に一層大きな木桶を使うことで、不足する人手は農閑期の労働力に頼ることになり、そして酒造り専門の季節労働者として杜氏制度が生まれていったのです。

明治以降も冬に造る生酛造りの技術は磨かれていき、そのお陰で、昭和の時代には香り高い吟醸酒が発達したのですが、裏返せば菩提酛や煮酛で造られていた酒の可能性は閉ざされてしまった、ということにもなります。

水端のコンセプトは、そのような様々な酒を再現し、新たなスタイルとして確立していくことです。風の森の前衛的なスタイルと対称的ともいえる古典の探究をベースにした酒造り。このブランドには、現代の酒造りに新たな発想をもたらす、そんな未知なる可能性が秘められているのです。

クラフトが生み出す新しい価値や楽しさ

水端

現代の日本酒のスタイルが寒造りに一本化されている事は、日本のビールのほとんどが下面発酵のピルスナータイプであるのと似ています。地域振興を狙った地ビールブームを経て、現在、様々なタイプのクラフトビールが新しい価値や楽しさを表現し、人気を博しています。

同じように日本酒にも「クラフト清酒」というジャンルが有り得るのではないでしょうか。灘・伏見の清酒や地酒の従来の価値観から飛び出した多様性が広がる新しいジャンル。

水端によってそれは具体化され、さらにヒントが与えられることでしょう。ちょっとした肴をアテにケルシュやペールエールのようなクラフト清酒を飲み比べて楽しむ、そういった飲用スタイルが日本酒の魅力をさらに高めてくれることを期待します。

どこでも美味しいお酒を目指す

水端

今や、グローバル化によって、遠くはなれた海外まで日本酒が運ばれる時代になりました。リーファーコンテナなど配送技術も高まりましたが、まだまだ品質の保証は十分とは言えません。

味を損なわないように耐久性を高め、遠くに輸送されても楽しめる、そういった酒質を今人気の高精米や生酒といったデリケートな酒の延長に期待するのは残念ながら難しいでしょう。

それらはむしろ現在造られなくなったスタイルの延長線上にあるのかもしれません。

水端には、そんな新たな技術革新の可能性も秘められているのです。

日本の歴史の中で文化として育まれてきた日本酒が、多様な魅力を発揮し世界中で広く楽しまれる。
そんな未来を夢見て、これからの水端の躍進を応援していきたいです。

後記

水端

水端は江戸時代に封印された中世室町時代の酒造りを発掘し、新たに現代にあったスタイルに再現するブランドです。まるでタイムカプセルのような外観の大甕の中は実はタイムマシーンになっていて中世室町時代の酒造りを現代に呼び戻す、そんな妄想に駆られてしまいます。

時間を越えて日本酒の魅力を引き出す油長酒造、これから新たな価値観の酒が登場してくる世界に誘ってくれる、ひょっとして飛鳥の巨石を用いた酒造りが再現されるのでは、そんな思いにワクワクと胸踊る見学でした。

最後になりますが、お忙しい中、熱心にお話しいただきました山本社長、水端醸造責任者の山之内さん、風の森醸造責任者の中川さんに心より感謝申し上げます。
また、お誘いいただいた酒専門店鍵や様の鍵本社長、同行頂いたスタッフの皆さん、有難うございました。

前編の記事はこちら

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