酒をつくる日々醸造見学~新蔵を興すということ~

新築の仕込み蔵を訪れて

日々醸造見学

京都の桃山御陵前駅から歩いて10分程度、大手筋商店街を抜け、竹田街道を北上し、濠川を渡ったところに消炭色の真新しい建物が現れます。

こちらが日々醸造の仕込み蔵。「完成途上ではありますが、酒造りが始まる臨場感をご見学ください。」と、またとない機会に酒専門店鍵や様に随行させて頂きました。

「規模にしてもスピードにしても、少しずつやっていきます。」

創業者である蔵元の松本日出彦さんは謙虚にそうおっしゃいます。
約1年に及ぶ全国各地の蔵で酒造りの武者修行を行い、日々醸造を創業され、酒職人として京都の地に戻ってこられました。

白いタンクの意味するもの

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本日初めて酛立てをしたばかりとのこと、酒蔵の中心部分と言える仕込み室は数日後の稼働に向け最終段階の工事を進められています。
10基ほどのタンクがその時を静かに待ち、その横には真新しい自動圧搾機があります。

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仕込みタンクは緑や紺色に塗装されているのが一般的ですが、こちらのタンクは珍しく白色です。
「汚れが目立つようにして、掃除のサインを見逃さないための工夫です。タンクは使い慣れたものをダウンサイズしてオリジナルで造りました。」とのこと。

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丁寧な小ロット醸造を目指されており、コンパクトにミニマライズされた蔵は、仕込み、上槽、びん詰と続く導線にも無駄が無く、考えつくされているのです。

新蔵に息吹を与える

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2階に上がると、そこには真っ白な布が一面に干されており、とても印象的です。

まだ、洗濯機が納品されておらず、「やむを得ず手洗いして干しています。」とおっしゃる言葉とは裏腹に、下ろしたての搾り布は手洗いで丁寧に洗いたい、そんな気持ちを感じます。

新蔵ならではの今だけの光景は、まるで天女の羽衣のよう。そよ風や澄みきった水、輝く光を漂わせ、新蔵に息吹を与えているような神秘的な雰囲気を醸しています。

その横には仕込み用の米が在庫され、一番奥には白木の扉があり荘厳な印象の麹室が鎮座します。
既に出麴を終えたとのこと、ここにはすでに酒蔵としての命が宿っているのです。

新蔵を興すということ

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新規で醸造所を興すにあたり、この地に築150年ほどの旧蔵と土地を購入されました。
伏見で新しい醸造免許は珍しいこともあり、税務署の丁寧な指導のもと無事に進めることが出来たようです。

一般的に新規免許の取得は難しいと言われます。
「免許がないと、いくら良い設備を入れて良いやり方でやっても、酒を造ることができない。」

当たり前にあるもののありがたさを実感します。

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景観条例が厳しい京都では建築や消防の条例、食品工場としての規格等、様々な条件をクリアできるように設計する必要がありました。

例えば、新蔵の外壁はリサイクル材で、スレート瓦のようなもの。ひとつひとつ色味が異なり、風雨にさらされることでさらに色合いが変わり、年月を経て雰囲気が深まっていくでしょう。

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旧蔵は、製造免許はなかったのですが、新蔵ができるまでの拠点として、事業の立ち上げを支えてくれた存在です。

こちらでは分析、培養、出荷を行い、将来的には限定品を販売するショップも構えたいご意向です。「元々業務用販売に強かったのですが、一般消費者にも広めていきたい。」とお考えのようです。

武者修行での経験によって得たもの

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蔵の近くに流れる濠川は、元は秀吉が築いた伏見城の外堀です。明治時代には琵琶湖疎水とインクラインを通じ繋げられ、宇治川を経由して大阪まで行ける運河として使われていました。

「この川で冨田酒造さんと繋がっているのですよ。」そうおっしゃる口ぶりはとてもやさしく、暖かい印象でした。

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武者修行で経験したことで取り入れることがありますかと伺ったところ、「全部です」とお答えが返ってきました。

「今までの自身のやり方をブラッシュアップして、さらに自分らしい酒造りを目指します。」とのこと。
各蔵から刺激を受け、自らを高めていく感性をさらに磨かれたということなのでしょう。

「神田さんのとこ是非行ってくださいよ。例えば馬耕。究極の循環型の酒造りですよ。」武者修行先のことをとても嬉しそうにお話される姿を拝見すると、その言葉に納得ができます。

お酒にとっての風土とは

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最近日本酒におけるGI(地理的呼称制度)についてお話を聞く機会が多く、全国各地で酒造りを行なわれた松本日出彦さんがどのようにお考えか是非聞いてみたいと思っていました。

ワインはテロワールによってその味やスタイルが決まると言います。それは土壌や気候に影響を受けたぶどうだけの単式発酵だからでしょう。

一方、日本酒は複雑な発酵様式の為、味やスタイルを決める要素はもっと幅広く、それを「風土」だとする見方があります。

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「日本酒は日本人の感情のようなもの」とのこと。

米自体水があるから育つもの。水は山があるから雨が降り、流れるもの。山の形や高さ、気候によって生育する植物や生き物、さらには人の性格まで変わってくる。日本酒はそういったものが凝縮した「日本人の感情のようなもの」だとおっしゃいます。

その地の米を食べ人々が生活する中で、酒を醸し飲む。日本酒は単なる嗜好品ではなく日本人の生活に寄り添う特別なものだからなのでしょう。

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京都は三方山に囲まれ、そこに降った雨が京都盆地に流れ込み仕込み水となっています。

「この水を突き詰めたい。」「軟水ですがミネラリーで味が出る」とおっしゃるこの水でエキスの多い山田錦を醸す。そして、料理が一層美味しくなる食中酒を生み出していかれるのです。

文化や人がお酒に与えるもの

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京都には茶道や華道など伝統文化を極める考え方があります。そういった文化が酒造りに与える影響についても聞いてみました。

「茶道や華道などには型がありますが、酒造りには型はありません。」
また、茶道や華道のように創始者の意思もないとのこと。

「当然、酒造りには原理原則の理屈はありますが、人の向き合い方によってやり方は幾通りにも変わるもの。いろんな造り手による多種多様なアプローチがあり、「型」や「個人の意思」に縛られないことが酒造りの素晴らしさです。」とおっしゃいました。

製造設備等の「物理的な部分」と醸造の「科学的な部分」の間にある「人の精神性」が重要な要素なのだと教えていただきました。

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京都には禅寺も多く、海外の方にも人気がある「禅」のような考えが酒造りにあたえるものはあるのでしょうかと伺ったところ、
「設備をミニマルにしたからといって禅的なものでもないし、足していく作り方も多くあるので、あまりそういうことはないと思います。方向性が同じだと楽しくないですよね。例えば生酛造りにしても、何をしたいかが明確に無いと消費者に届かないですし。」とのお言葉を頂きました。

やりたいことを突き詰めていくことで初めて消費者に伝わる、酒造りはそういうものなのでしょう。
オーガニックナチュールや馬耕など、酒造りは自由で多様だから故に魅力的で楽しさがあり、それが酒職人を虜にするのでしょうか。

日々醸造に込められた思い

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武者修行の間、自分自身と向き合い葛藤された末に、純粋に日々酒造りを行ないたい、そのような思いに至られたのでしょう。

「早い段階で発注した設備や資材がようやく入ってきたのは11月」とおっしゃるように、コロナ禍に加え、混迷する世界情勢の中でのご創業は多難を極めたことでしょう。

今まで繋がりのある人に頼んだので「こちらが何をしたいかわかってくれている。」そのお陰で、なんとかここまで来れたと感謝の気持ちを口にされました。

当たり前のものが当たり前にあり、多くの人に支えられ、酒を造る喜び。ようやくその時が来ました。

新蔵のご創業、誠におめでとうございます。準備の作業も立て込まれている中、貴重なお話をお聞かせいただき、本当にありがとうございました。雲外蒼天の晴れやかなステージで、ますます研究を深められ、日本酒の魅力をさらに高めていかれることを期待しています。

魅力あふれる伏見の町

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世界有数の人気を博す観光都市京都。和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界遺産に関わる多くの文化財がある中でも特に、伏見稲荷大社は人気スポットの一つです。

参道全体に立ち並ぶ約一万基の朱塗りの鳥居は色鮮やかに非日常の異次元空間を生み出し、あちこちにいる使いの狐とともに訪れる観光客を魅了しています。

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稲荷山全体が神域となっているため境内は広く、一周4キロにも及ぶ「お山めぐり」は様々なパワースポットに出会える巡礼の道です。御劔社の劔石や乳飲み狛犬、眼力社の逆さの狐など見どころ満載で、さらに神秘的な世界に浸ることができます。

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ここは全国3万社ある「お稲荷さん」の総本宮。1300年以上にわたり、五穀豊穣、商売繁盛などの神様として祀られています。

「稲荷」という名前からわかるように稲と関わりが深く、祀られる田中大神は田圃の神様。
4月の「播種祭」に始まり、「田植祭」「抜穂祭」「新嘗祭」と稲作の節目毎に祭礼が執り行われます。

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太閤秀吉が城を築き、城下町として栄えた伏見は、江戸時代には水運を用い、酒造業など産業が潤った町です。そのような産業の発展を願う「産業祭」も執り行われ、地元の酒造りの発展をささえ続けている大社でもあるのです。

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また、伏見には古く平安時代より醍醐寺や鳥羽離宮など貴族に縁のある文化財も多くあります。その一つが「御香宮神社」。

ここに涌き出る水は良い香りがする「御香水」と呼ばれ、清和天皇がこの水を飲むと病が治った霊水とされ、日本名水百選にも選ばれています。
「伏見の七つ井」と呼ばれるほど多くの名水があり、この地域の水は酒造りには理想的とされ、なめらかできめ細やかな伏見の酒にとって欠かせない存在なのです。

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伏見では幕末には寺田屋事件などの騒動もあり、坂本龍馬をはじめ勤王の志士たちが酒を酌み交わし、日本の将来に対する思いをぶつけ合った、そんな革新のエネルギーが溢れる地でもあります。

皆様、是非この地に足を運び、その魅力に触れてみてはいかがでしょうか。清酒に関わる見学施設やお酒が飲める場所も多数ありますので、楽しい機会になりますよ。