酒をつくる『十勝』に込められた哲学を紐解く〜上川大雪酒造取材記 前編〜

北の大地の酒蔵を訪ねて

上川大雪酒造

北海道・上川町と帯広市に蔵を構える上川大雪酒造。

2017年に発足したこの蔵は現在、日本酒ファンのみならず酒造関係者からも大変注目されるブランドです。
「地方創生蔵」をテーマとして掲げ、あくまでも北海道の「地酒」であることにこだわること、そして同じ道内ながら離れた場所に2つの蔵を持つことなど、さまざまな要素に興味が止まりません。

『十勝』を醸す帯広・碧雲蔵、『上川大雪』を醸す上川・緑丘蔵。
それぞれの蔵を訪れ、それぞれの杜氏さんにお話を伺うことで感じた、上川大雪酒造の哲学や魅力をさらに深掘りするべく、実際にお邪魔させていただきました。
その様子を余すことなくお伝えします!

大学の中に建つ日本唯一の酒蔵

碧雲蔵

まず訪れたのは帯広市にある碧雲蔵。
『十勝』醸造元であるこの蔵最大の特徴は、なんと大学の敷地内に蔵を構えているということ。

酒樽

日本唯一の国立農業系単科大学である帯広畜産大学に併設する形で建てられ、日本初・大学内に存在する酒蔵として、2020年よりこの場所で酒造りを営んでいます。
もちろん大学との連携もあり、生物・農業系の授業の中で蔵見学や実習をしたり大学院との共同研究を行ったりと、日本酒業界の人材育成とともに、学生の興味の幅を広げる貴重な学びの場としても運用されています。

帯広畜産大学構内

北国らしい針葉樹の林に囲まれ、大学構内の中でも閑静な場所に佇む黒のモダンな建築。
中は外装と同様に黒を基調とした、まるでアートギャラリーを思わせる現代的な空間が広がっています。

蔵の直営ショップ

ここは蔵の直営ショップ。
旅行者がこの場所でしか買えないお酒を購入したり、試飲を楽しんだりできるようになっています。
この店の奥から蔵へとアクセスできるのですが、入ってみるとなんとびっくり。
蔵の出荷場・製造スペースを一望できるガラス張りの空間が広がります。

醸造所

見学できるガラス張りのスペースは10畳ほどの空間ですが、そこから洗米や蒸米をするスペース・仕込室・搾り機・瓶詰め場所の全てが見えるほど、非常にコンパクトに設計されています。
ここまでコンパクトに設計された蔵はそうそうありません。手狭というわけではなく、考え抜かれた省スペースな醸造所。
マイクロブルワリーという言葉が似合う設備です。

『十勝』に込められた哲学と想い

ここ碧雲蔵の醸造を取り仕切るのが杜氏・若山健一郎氏。元々高知の酔鯨酒造をはじめとし、全国のさまざまな蔵元で修行を重ねた後、フランスで日本酒造りをする蔵の立ち上げにも携わるなど非常に経験豊富な方。碧雲蔵開設の直後から、その経験を活かして杜氏として腕を振るっています。

若山杜氏

『十勝』を醸す上で重要視し、目指していること。それは飲んだ際に喜びや豊かさ、気持ちの良さや幸福感といったことを身体で感じる要素を持つ酒を醸すということ。
「おいしい」や「出来がいい」というだけではなく、身体がスッと受け入れる、いわば「五臓六腑に染み渡る」ような世界観を持ち、感覚的に飲み手に寄り添うような味わいを生み出していく。この考えを若山杜氏は「醗酵の普遍性」と呼んでいます。

十勝の地で生まれ、十勝の地に馴染む酒となる。そして「醗酵の普遍性」を獲得することで、その時々の人や気持ちに寄り添う酒となり、愛され続けるものになるという想いのもと、『十勝』を醸しているそうです。

若山杜氏

十勝は酪農や農業が盛んな土地。

特産品である肉や乳製品、野菜に合う味を目指し、どう醸せばその味や想いを表現できるか、と逆算し技術に置き換えて醸すのが若山杜氏流。
しっかりと管理された環境や磨かれた技で、数字やデータを道標に、積み重ねた日々の経験と研ぎ澄まされた五感が『十勝』の味を生み出しています。

醸造所

『十勝』が繋ぐ人の輪

この碧雲蔵ができるまで、1980年代からおよそ30年間も酒蔵がなかった十勝地域。
途絶える以前は100年を超える酒造りの歴史がある土地でした。
そんな中10年ほど前に、十勝に日本酒文化を復活させようという強い想いが集まり『とかち酒文化プロジェクト』という官民問わず、地域が一丸となったプロジェクトが発足。そして生まれたのが碧雲蔵です。

碧雲蔵

地酒文化を愛する十勝に敬意を払い、国内でも有数の農業・畜産に特化した大学と連携して日本酒業界の次世代の人材を育てる。

十勝

過去の流れを受け継ぎ、今に支えられ、未来へと繋いでいく。
それがこの『十勝』、そして碧雲蔵の歩みなのです。

『十勝』のラインナップには、定番のものから辛口設計、さらに地域の特産品であるチーズとペアリングするために醸されたものなどさまざまなものがあります。

十勝

ぜひ『十勝』を、肉や野菜・チーズなど帯広らしい食材と共に楽しんでみてはいかがでしょうか。

また現在一般流通はしていませんが、なんと網走刑務所の刑務作業で製作された木桶で醸したものも。
これも北海道に根ざす酒蔵ならでは。さまざまな縁があり、ここ碧雲蔵で使ってはどうか?という話があり、せっかくならと譲り受けたそうです。

十勝

十勝の地や人と共に歩む碧雲蔵。
この酒が生み出す物語の続きが非常に楽しみです。

後編では『上川大雪』を醸す緑丘蔵にお邪魔させていただきます。

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