後編は上川町の緑丘蔵を尋ねます。
上川大雪酒造の設備の中でも最初に建築されたのが緑丘蔵であり、ここから『上川大雪』の歴史がスタートしたはじまりの場所とも言える蔵です。この場所で見聞きして感じた、『上川大雪』に込められた想いをお伝えします。
『上川大雪』を醸す、はじまりの土地
『十勝』を醸す碧雲蔵がある帯広から、北海道最高峰・大雪山系に沿うように伸びる三国峠を通り、温泉地として知られる層雲峡を抜けて北に約150km。
人口3000人ほどの小さな町、上川町。アイヌ語で「神々の遊ぶ庭」を意味する「カムイミンタラ」と呼ばれる大雪山に抱かれるこの土地に『上川大雪』醸造元、緑丘蔵があります。

蔵のすぐ後ろには豊かな森があり、その向こうには源流域の石狩川が流れる緑豊かな土地。モダンな建築はまるでコテージのよう。

一歩中に入れば、整理整頓されたミニマルでシステマティックな蔵スペースが広がります。
3階層に分かれた空間は、最上階が蒸米と麹室、酒母室。中間階にはサーマルタンクがずらりと立ち並び、最下層には搾り機や瓶詰め機と、仕込みの工程が重力に反しない設計となっています。

また、この小さな仕込み空間に合わせて甑や放冷機も特別に設計されたコンパクトなものを採用。さらに動線も無駄がいっさいないレイアウト。蒸米を数歩で麹室に引き込め、麹室から酒母室もすぐアクセスでき、さらにタンクまでもほんの数秒と全てが最適化された空間となっています。

蔵を訪れた時は、R6BYの仕込第一号の真っ只中。
少数精鋭の蔵人さんたちはテキパキと動き、それぞれの作業をこなしていきます。蒸しあがった米を放冷機に入れ、麹室に引き込み種切り作業を行う。手際の良さと酒造りへの感覚の鋭さに反し、その場のアットホームな雰囲気が非常に印象的でした。

杜氏が語る『上川大雪』の本質
緑丘蔵の杜氏、そして上川大雪酒造全体の総杜氏となるのが、北海道出身の川端慎治氏。
日本全国の蔵を渡り歩いて得た酒造りのノウハウと、研ぎ澄まされた感覚を武器に辣腕を振るう名杜氏で、北海道産酒米を用いた酒造りの第一人者としても知られています。

厳密に数値化され、再現性のある酒造りを心がける川端杜氏。
「ひとつひとつの作業の意味をしっかりと把握し、説明ができる。『普通に造る』という、簡単なこと、当たり前のことのようでそれが一番大切」川端杜氏はそう語ります。
川端杜氏の言う『普通に造る』とは、無難な造りをして、守りに入るということではありません。全ての行程において意味を考え、適切な判断のもと無駄なことをせず、丁寧に酒造りとまっすぐ向き合う。言うなれば実直に造るということです。

この考えと磨き抜かれた抜群の感性で醸される『上川大雪』は、蔵のコンセプトでもある「飲まさる酒」を見事に体現。するすると体に入っていき、気がついたら一本空いているような酒を生み出しているのです。
上川大雪酒造のロゴ、これは大雪山の「大」の文字と、美しい雪やアイヌの紋様をモチーフとしています。また、日本酒の五味(甘・酸・辛・苦・渋)も表現していて、五味のバランスが整った『上川大雪』や『十勝』の円やかな味わいにぴったり。
食の宝庫とも呼ばれる北海道。そんな豊かな地の食材に寄り添うような味わいで、ついつい飲んでしまうのが上川大雪のお酒です。

前代未聞を乗り越えて生まれた新たなる酒蔵
上川大雪酒造は社長・塚原敏夫氏が、三重の休眠蔵を買い取り上川町へと移転させたことから始まります。
2012年頃から上川町で観光飲食業を営んでいた塚原氏。しかし上川町を含むエリアは北海道の中でも屈指の豪雪地帯。真冬になるとその積雪の凄まじさから客足も途絶えてしまうため、仕事がなくなってしまう問題を抱えていました。

そんな中、旧知の知り合いが持つ休眠中の酒蔵を移転し、酒造りをしたらどうだろう?という提案を受けます。そこに光明を得た塚原氏は蔵を後継。2016年に蔵の免許を三重県から上川町へと移転したのですが、この距離で酒造免許を移転させることは前代未聞で、許可が下りるまでにもさまざまな苦労があったそうです。
たくさんの苦労を乗り越えて、無事に免許の移転も成功し、酒蔵も完成。2017年5月には酒造りがついにスタート、こうして上川大雪は生まれました。

「地方創生蔵」の考えが生み出す、本当の地酒
上川大雪酒造が掲げる大きなテーマである「地方創生蔵」という言葉。この考えには、上川大雪が生まれた理由や、造りのこだわりに繋がる要素がギュッと詰まっています。
スタート時からあった考え、それは「酒蔵を作ることで、町おこしをする」。美しい風景と北海道ならではの食文化を、上川大雪を通じて知ってほしい。そして上川町に訪れてほしい。そんな想いが込められています。

当店でも取り扱いがあるように、上川大雪は全国で手に取ることができますが、『神川』と名付けられた酒は蔵の地元・上川町のお店でしか買えません。このお酒を求めて北海道内外から上川町を訪れる人が日々絶えないそうで、上川大雪酒造の取り組みの結実が感じられます。

現代の日本酒は蔵ごとに違いはあれど、全国規模で販売されているのが主流となっています。さらに、原料となる酒米も有名産地のものを購入して醸すことも珍しくありません。
しかし、上川大雪酒造が目指すものはあくまでも「地酒」。北海道内の契約農家によって栽培された酒米と、地元で採取された清らかな天然水だけが原料。その土地に愛され、根付き、そしてその酒が人を呼び地域を活性化させる。これこそが上川大雪酒造の考える「地方創生蔵」の原点です。

蔵を建てるにも、酒を造るにも、全ては地元の協力があってこそ。『上川大雪』を醸す緑丘蔵の蔵人はわずか4人のため、繁忙期は町内の有志も酒造りに参加するそうです。
地元の人たちと一歩一歩丁寧に醸した酒は今、北海道から全国へと羽ばたいています。
日本酒というと、他の土地よりもイメージの薄い北海道。ですが、上川大雪酒造はそのイメージを一気に覆してくれそうな気がします。

伝統や文化、そして北海道そのものを大切にしながら醸す。
一度飲むと、その清らかな味わいは深く印象に残ります。
ぜひ上川大雪のお酒を飲んでいただきたい。現地を訪れ、上川大雪の2つの蔵を見てほしい。そんな想いを強く抱く取材となりました。

さらに2026年の夏頃には網走に新たなる蔵を開設する計画も進行中だそう。オホーツク地方唯一の酒蔵になるそうで、期待が膨らみます。
信念に燃え、魅力に溢れる上川大雪酒造から今後も目が離せません。