酒を楽しむひやおろしが酒の季節へ誘う

まだまだ厳しい残暑が続きますが、季節は確実に進みうつろいゆこうとしています。

8月7日の立秋を過ぎ暫くすると、田圃では稲が稈を伸ばし、トンボが飛び涼風が吹き抜ける。夕方になるとヒグラシが鳴き、もの悲しい情景が少しずつ現れてくる季節になります。新米の収穫にはまだ時がありますが、盆休み明けに酒蔵がする仕事が「ひやおろし」です。一夏を越した酒がようやく出荷の時を迎えます。

今、市場で見かける酒の醸造年度は令和4年度(R4BY)です。醸造年度の節目は7月1日なので、春先に仕込んだ酒はR4BYになります。それを盆明けに出荷する「ひやおろし」はまさにその集大成の酒。酒蔵は「ひやおろし」を出荷し、新酒の仕込みに備えタンクを空けます。その後に新米が醸され、ようやく今年の酒造年度R5BYの幕開けとなるのです。

ひやおろし、秋あがり、秋晴れ

ひやおろし

「ひやおろし」とは、春に搾った酒を一度火入れし、タンクで貯蔵し一夏越したものを加熱殺菌せずに(冷や)瓶詰めし、出荷する(卸し)生詰酒のことを言います。この酒は、一夏の熟成を経ることで風味がなじみ、まろみが出てふくよかな味わいとなります。ただし、そのためには夏の熟成に耐える酒質が必要となり、寒仕込みで醸したしっかりとした酒でないと逆に味が落ちる事もあるのです。

「秋あがり」とは、一夏熟成させることで香味が落着き、搾りたての粗さが取れ、味にまろみが出てふくよかになった酒の事。「秋」になって酒の旨さが「あがり」ました、まさにそのままのネーミングです。「秋晴れ」も同じ意味です。つまり、品質面からみたら「秋あがり」、出荷スタイルからみたら「ひやおろし」で、何れも一夏貯蔵し秋に出荷する生詰酒のことを示します。

なお、ネーミングをいずれにするかは蔵毎の考えにより、例えば「秋あがり」と名付けている蔵でも、2年熟成の生詰酒は「ひやおろし」と呼んだりします。最近は秋に出る酒全般を「ひやおろし」と呼んだり、ストレートに「秋酒」と呼んだりもします。

寒造りが酒に与えるパワー

ひやおろし

何故寒仕込みが秋あがりするかというと、発酵がしっかりと進むことで酒質の強い酒となるからです。通常、寒造りの仕込みでは品温を5~9°Cと低温に置き、発酵に必要な微生物以外の悪玉菌の繁殖を抑えます。「良質な麹」「健全な酸性環境」「硬水による仕込み」が強靭な酒母を育み、その酵母が晩秋に収穫される「良質な米」を見事な酒に醸しあげるのです。

特に雄町は、酒質にまろみがあり秋あがりするとされ、山田錦や愛山等、栽培農家が手塩にかけて育てた酒米がそのポテンシャルをいかんなく発揮するのです。

ひやおろし

一口に「ひやおろし」と言っても、出荷時期が初秋と晩秋では貯酒期間に2~3カ月の差があるため、その熟成度合は違います。具体的には、盆明けに詰められるものは、貯酒により搾りたての粗さが取れた程度で、バランスが良く比較的飲みやすいものになります。

一方で11月のものは、さらに熟成した濃醇な味わいとなります。但、酒質が強くないと逆に味が落ちてしまうので、蔵が適切にその出荷時期を判断します。ですから「ひやおろし」の出荷時期は蔵毎にそれぞれ異なり、出そろうのは9月末になるのです。

「ひやおろし」の楽しみ方として、熟成による味わいの変化を飲み比べるのも醍醐味と言えます。酒質が強そうな「ひやおろし」を何本か買ってセラーで寝かして古酒にして飲み比べるのも粋な楽しみ方ですね。

秋の味覚とひやおろし

ひやおろし

「天高く馬肥ゆる秋」。さわやかに晴れわたる空はかぎりなく高く、心も爽快になり、心身ともに充実する季節が秋です。また、秋の実りは食卓を豊かにし、食べ物をより一層美味しく感じさせてくれます。暑い夏で疲れた体を労り、冬に向けて栄養を取り込む、秋はそういう季節なのです。

まろみの出た「ひやおろし」は、秋の味覚にぴったりです。さんま、秋鮭、松茸、しめじ、栗、銀杏、新じゃが。特に一回り大ぶりで脂が乗り、身もぷっくりと厚いさんまは「とろさんま」と呼ばれ、真っ先に食べたい秋の味覚です。夏場に涼しいオホーツク海でプランクトンを食べて丸々と肥えたさんまは8-9月になると産卵のため南下してきます。そして、釧路沖や三陸沖で脂ののったさんまが水揚げされるのです。

秋は肉も美味しくなる季節です。牛等の動物も暑さに弱いため、夏は食欲が落ちて痩せ、また、水分をたくさん摂取するため、肉質も多少水っぽくなると言われます。夏が終わり秋になると食欲が増し体を戻し、適度に刺しの入った上質な肉になります。最近では、夏場にクーラーを入れて育てられる高級牛もありますが 、一般的に牛肉は冬場が一番刺しが入り美味しいとされます。

お好みの秋の味覚を用意して、贅沢に「ひやおろし」を吞み比べてみませんか。開栓後も冷蔵庫で正しく保管すれば数週間は楽しめます。美酒佳肴、素敵な季節の到来です。さて、今年はどんな素敵な「ひやおろし」に出会えるか、とても楽しみです。

ひやおろし

秋に頂きたいおつまみレシピ