酒を知る天領盃酒蔵取材記事【第三編】〜新たな成長ステージに立つ天領盃酒蔵〜

天領盃酒造の醸造設備は、加登さんの手により大規模な改革が行われました。
2018年に経営を引き継いだ直後は、前身の佐渡銘醸時代の設備しかなく、理想とする酒造りを実現するには程遠い状況でした。
そのような中で、加登さんは住み込みで働きながら試行錯誤を重ね、改革を推し進めていきます。段階的に投資を行い、品質の向上と効率化を進めてきました。そして本年、過去最大となる2億円を超える投資を行い、新たな成長ステージに向かう体制が整ったのです。
今回はその新しい設備と酒造りについて紹介します。

一階にまとめられた新しい醸造設備

現在の天領盃酒蔵では、ほとんどの酒造りの工程は醸造蔵の一階で行われます。ここには段階的に導入されてきた新しい製造設備がシンプルに配置されています。

瓶詰めライン

蔵の奥から入口に向かってコンパクトな瓶詰めラインが真っ直ぐに設置され、瓶詰め後すぐに入口隣の貯蔵庫に運べる効率的なレイアウトになっています。

洗米機と放冷機

瓶詰めラインの奥はちょうど蔵の真ん中当たりで、ここには甑と、洗米機、放冷機が設置されています。壁面には天領盃酒造の新しいエンブレムが大きく描かれ、モダンな雰囲気が漂っています。

設備のレイアウト

設備のレイアウトは、ここからL字型に曲がり、その先には仕込みタンクが整然と並んでいます。建物内部の天井や壁はきれいに塗り直され、新築の蔵かと見間違えるほどです。鉄筋の蔵が経営譲渡の条件として求められた理由も、この完成度の高い内装デザインを見ると、なるほどとうなずけます。

仕込み水と洗米工程

金北山

仕込み水には、大佐渡山地の最高峰「金北山」の伏流水が使われています。この水は硬度85の中軟水なのですが、ミネラルのほとんどがカルシウムで、マグネシウムの含有量が非常に少ないのが特徴です。
大佐渡山地は花崗岩でできているため地層に隙間が多く、水がすぐにしみ込んでしまうため、マグネシウムや鉄が溶け出しにくいのです。さらに海底が隆起して形成された石灰質土壌の影響で、カルシウムを多く含んだ水が生まれます。マグネシウムは苦みの原因となるため、この水を使うことで、綺麗で滑らかな味わいの酒になります。

天領盃酒蔵

洗米に使う井戸水は、年間を通じておおむね12度に保たれています。浸漬は1分間、シャワーも1分間行い、米を大きなザルに入れ、均等にかけ流して洗米し、バキュームでしっかりと脱水するという丁寧な作業が行われます。こうすることで、理想とする吸水が達成されるのです。

蒸きょう

甑

蒸きょうとは、米を蒸す作業のことで、甑を使って行います。可動式の甑をダクトの下に移動させて蒸し、蒸し終わった後は、放冷機の近くまで移動し、クレーンで蒸米を吊り上げて投入します。これにより、蒸米をスコップで掘り出して手作業で運ぶ必要がなくなり、作業の労力が大幅に軽減されます。

甑

多くの酒蔵では、気温の低い朝一番に蒸し作業を行うのが一般的ですが、現在の天領盃酒蔵では、午前中に洗米し、午後に蒸すスタイルを採用しています。この方法は、すべての作業を就労時間内に完了させることで、蔵人が働きやすい環境を整えるための工夫です。

仕込み

タンク

一度の仕込みで使う米の量は1200キロ。これは旧設備に比べて五分の一ほどの規模になります。タンクは仕込み量に合わせた4500リットルのものが9基設置されており、将来的には14基まで増やす計画だそうです。
これらのタンクは醪が対流しやすい設計になっており、第二編で紹介した旧設備の巨大タンクを参考にした特注品です。また、将来的には蔵全体を冷蔵し、三期仕込みをすることも視野に入っているようです。

作業場2

製麹

インタビュー風景

「製麹は酒造りの中でも最も重要な工程とされています。その技術が確立したことで一気に品質が安定した」、と加登さんは語ります。

まず、種切りは放冷機で行います。これによって種麹が飛び散ることなく、すべて麹米に付着します。種切りの終わった蒸米は、清潔感溢れる床が置かれた麹室に運び込まれ、揉み込み、切返しが行われます。繊細に温度や湿度を管理して、切返器を使いながら手作業で蒸米を丁寧にさばき、良質な麹造りの環境を整えます。切返しが終了すると、保湿用カバーを掛けて、麹菌の発芽を促します。

麹米

次の工程は、隣の部屋での棚作業です。清潔な盛り棚に麹米を分けて作業します。麹菌の繁殖が進むに従って発熱が旺盛になっていくため、麹米の盛り方を調整しながらの作業です。

麹菌は生き物なので、棚作業では繊細な温度管理が求められます。夜間作業をしないため自動温度調整器を設置していますが、室温の低下と麹の発熱がうまく拮抗しているため、作動することはほとんどないそうです。

出来上がった麹は、麹箱に入れて積み上げ、乾燥させた後、冷凍します。麹を冷凍すると保存も容易で、醪造りの際に氷代わりとして使える利点もあります。

作業場

麹室は使うたびに、殺菌剤で拭き、オゾンガスを用いて完全清掃します。麹室での作業は清掃する時間が一番長い。微生物が働きやすい環境を整えることが良い酒造りにつながるのです。

現在の天領盃酒蔵の麹造りは、一般的な吟醸酒の3~5倍の種麹を使用し、短時間で行うのが特徴です。加登さんによれば、「米という城を多勢で一気に攻め落とすようなイメージ」とのこと。この方法によって麹が強くなり、豊かな香りが引き出されます。

麹造りのイメージ図

また、製麹時間が長いとバナナやメロンのような芳醇な香りになるのですが、短時間だとマスカットや青リンゴのような爽やかな香りが立ち、ひね香が出にくくなるそうです。

上槽

上槽

上槽は清酒が出来上がる瞬間。低温でゆっくりと搾ることで、綺麗な酒が生まれます。低温管理された上槽室には、ヤブタ式の横型自動圧搾機が設置されています。この機械は一見新しく見えますが、実際は以前から使用していたものをコンパクトに改造したものです。圧搾用のプレートは新品に交換されており、その費用は冷蔵設備よりもはるかに高価で、大きな投資だったようです。

圧搾機

圧搾機のそばには、起業後初めて設備投資を行ったサーマルタンクが設置されています。加登さんは「酒は冷やせば冷やすほど、香りが豊かに残る」と語ります。その隣には、新たに導入された特注のサーマルタンクがあり、底部までしっかり冷却できるよう改良されています。

貯蔵庫

貯蔵庫

新しい貯蔵庫は、‐5度に保たれた低温倉庫で、最大3万本の酒を貯蔵できるとのことです。清酒の品質を保つためには低温管理が重要となっており、本格的な成長を目指すためには欠かせない設備です。倉庫の前後には自動開閉式のゲートが設置されており、フォークリフトを使って効率的に作業を行えます。

全自動瓶燗機

さらに、奥のゲートの外には全自動瓶燗機があり、火入れ作業が行われます。昨年までは手作業で瓶火入れをしていましたが、そのデータを基に自在に調整可能なシステムを共同開発したとのことです。

低温で管理された生詰め酒を丁寧に瓶火入れすることで、より繊細で洗練された味わいの清酒が仕上がるのです。

未来に向かって成長していく

メッセージ

上槽室の入口扉には、2022年元旦のメッセージが残されています。これはまさに醸造設備の本格的な導入が始まった時期で、新年の清々しい空気の中、加登さんは自身の決意を記されたのでしょう。その後、2022年度の全国新酒鑑評会で初出品ながらも金賞を受賞し、彗星のごとく頭角を現したのです。

加登さんが経営権を取得した当初、2019年度の製造量はわずか16石でしたが、着実に生産量を増やし、2023年度には400石にまで達しました。

雅楽代

今年度の目標は600石とのことです。「これまでは製造量が少なかったため、順調に数字を伸ばすことができましたが、ここからさらに増やすのは容易ではありません」と加登さんは話します。今後、1000石の大台に到達できるかどうかは今が勝負時と捉えて、思い切った経営判断が下されたのです。

酒造り

今年の設備投資は、品質向上のための最終段階とも言えるもので、加登さんの中では、佐渡島の地に根差した酒の魅力を引き出す、新たな酒造りへの想いが湧き上がっているようです。

次編では、加登さんのインタビューを通じて、その酒造り、味わい、未来への想いなど、新たなステージに立つ天領盃酒蔵をご紹介します。

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