清酒の製造免許を取得するために、M&Aを通じて天領盃酒造の経営権を手に入れた加登さんは、経営改革に取り組みました。自ら立ち上げた新ブランド「雅楽代」は高い評価を受け、事業を着実に推進。酒造りの技術向上と製造量の増加により、酒蔵の経営もようやく軌道に乗りつつあります。
今、天領盃酒造はさらなる成長を目指しています。今回は蔵元・加登さんへのインタビューを通じて、その魅力に迫ります。
- 1. コロナ禍の間に、設備や労働環境を整え、経営を黒字化に
- 2. 天領盃酒造の酒造りについて ~酒母~
- 3. 天領盃酒造の酒造りについて ~酵母~
- 4. 天領盃酒造の酒造りについて ~麹~
- 5. 原酒なのにアルコール度数が低い訳
- 6. 淡麗でありながら膨らみのある味を目指す
- 7. 新しい新潟淡麗
- 8. 1杯の酒に佐渡の魅力を詰め込みたい
- 9. インタビューを終えて
コロナ禍の間に、設備や労働環境を整え、経営を黒字化に
【辻本】事業承継直後のコロナ禍は大変だったと思います。どのように乗り越えられたのでしょうか?
【加登さん】初年度は2018年度と比べて売上が半分ほどに減り、助成金がなければ確実に潰れてしまうような状況でした。起業後2年で崖っぷちに立たされ、やるしかないという思いで融資を受け、設備に投資しました。返済への不安もありましたが、とにかく行動するしかないと決意し、酒質の向上と自らの技術を磨くことに専念したのです。
【辻本】コロナ禍を乗り越えて、いよいよ酒蔵経営が軌道に乗ってきましたね。
【加登さん】標準的な酒造りの設備、自らの技術の完成度、さらにコロナ禍の収束したタイミングが、見事にはまったのが2022年度でした。ちょうどこの年に麹室も完成したことで品質がグンと上がり、全国新酒鑑評会で金賞をいただき、これまでやってきたことがようやく形になってきました。昨年度には債務超過も解消され、今年からは黒字企業として、この勢いを維持していきたいと考えています。
天領盃酒造の酒造りについて ~酒母~
【辻本】酒母造りについてお話をお聞かせください。
【加登さん】酒母造りには「高温糖化酛」を採用しています。
引き継いだ当時の蔵は、雨漏りや壁に穴が目立つなど、かなり老朽化していました。1階に並んでいた古いタンクを外に出し、新しい設備を導入し始めたものの、掃除しても汚れが取り切れず、衛生面に不安がありました。
高温糖化酛は高温で仕込むため雑菌が繁殖せず、糖化が進んで濃糖状態になると菌の侵入も防げます。
糖化が終わったらすぐに冷やして乳酸を加え、酸度を上げることで菌の繁殖を抑えられるため、最も安全な方法として高温糖化酛を選びました。
私たちが目指すのは、何よりも「綺麗」な酒。実際に試してみると、高温糖化酛がぴったりでした。今はどんな酒母造りもできる環境になってはいますが、やはり私たちの酒質には高温糖化酛が最適だと感じています。
天領盃酒造の酒造りについて ~酵母~
【辻本】鑑評会出品酒は901号酵母とのことでしたが、他はどのような酵母をお使いですか?
【加登さん】実地研修を経てようやく酒造りを始めたのが2019年12月で、その時は701と901の酵母を使用しました。経験が浅かったこともあり、まずは自分の好きな酒に使われている酵母でスタートしてみたのです。
しかし、当時は麹室がなかったため、701を使うと酸が出すぎてしまいました。すでに「酸はなるべく落として、綺麗で軽く、穏やかな酒にしたい」というコンセプトは固まっていたため、901のほうが合うと判断し、2022年からはすべて901に統一しました。
今、2期目が終わって、ちょっとまだ疑問が残っています。果たして901だけが本当に私たちの酒に合っているのか。
今まだ701と901しかやってないのでほかを知らない。
たぶんもう全然違う酵母もありますが、その中で可能性があるのは1401ともう一つが選択肢に残っています。そして試験的に1401で造った酒が、佐渡限定販売の雅楽代「佐州」です。まだタンク1本しか造っていないので評価は難しいですが、複数本造ってみてどうなるかです。
天領盃酒造の酒造りについて ~麹~
【辻本】麹室ができて、麹造りの技術が向上し、酒質が安定したとのことですが、具体的にどういった点が良かったのでしょう?
【加登さん】麹造りは二つの種麹をブレンドするやり方が確立できました。具体的には、強力な種麹とそれほど強くない種麹をいろんなレシピでブレンドすることで、麹が持つ酵素の強さを段階的に調整できるようになったのです。
原酒なのにアルコール度数が低い訳
【辻本】原酒なのにアルコール度が低いのは、どういった造り方でしょうか?
【加登さん】低アルコールにするためには水を多く加えるので、どうしても味が薄くなりがちです。
一般的には甘味成分や酸を増やしてボディを補います。その結果、甘味が際立ち酸もしっかりした、ちょうど今流行の味になります。
このタイプのお酒の甘味成分は高く、グルコース濃度が2.5〜3%程度はあります。ですが、うちはそれをやりたくない。私たちは甘味成分を削りつつも、膨らみのある味わいを目指しています。
雅楽代はグルコース濃度が低く、特に「鳴神」は0.2%で、他にはないスタイルです。
グルコース濃度だけで言うと、私たちは今のトレンドとは逆の方向に進んでいると言えます。そして、膨らみのある味わいに醸すためには、先ほどお話しした種麹のブレンドや、醪(もろみ)を低温でゆっくりと育てることが重要となるのです。
【辻本】出品酒のような造りですね。
【加登さん】そのとおりです。私たちのお酒はすべて、出品酒と同じような造り方をしています。普段の造り方の延長線上に、金賞をいただける品質がある、そんな感じですね。
【辻本】低温にすると具体的にどのような効果があるのでしょうか?
【加登さん】低温では酵母がゆっくりとグルコースを消費していきます。人間も太らないためには「よく噛んでゆっくり食べなさい」と言いますよね。それと同じことです。低温でゆっくり発酵させると、酵母はグルコースを過剰に消費することなく、ある程度アルコールが生成されると酵母が「お腹いっぱい」になって発酵が止まります。こうして、低アルコールの酒が仕上がる訳です。
淡麗でありながら膨らみのある味を目指す
【辻本】雅楽代の味わいは一般的な辛口酒と少し違うと思うのですが?
【加登さん】私たちは「甘味成分を抑えつつ、膨らみを持たせること」を重視していて、その一番の特徴は、お酒に残る糖分の質を変えることです。
人は舌の味蕾(みらい)で甘味を感じますが、甘味の感じ方は糖分の大きさによって左右されます。でんぷんは鎖状につながったグルコースから成り、その大きさはさまざまです。
単体のグルコースと、6つ連結したグルコースを比べると、不思議なことに単体の方が甘く感じられます。これは、グルコース単体が味蕾のポケットにすっぽり収まり、接触面積が多いため甘味が強く感じられるためです。
逆に、連結した糖はポケットに完全には収まらないため、甘味は控えめに感じられます。この糖が何かというと、さっぱりとした甘味が特徴のオリゴ糖なのです。
私たちは甘味の強いグルコースをできるだけ抑え、代わりにオリゴ糖を残す造りをしています。
これにより、甘味は控えめで飲み込んだ後はスッとなくなるけど、口に含んでいるとジワーッと膨らみのある味わいとなる訳です。
新しい新潟淡麗
【辻本】新潟のお酒は一般的に「淡麗辛口」と言われますが、雅楽代は淡麗ではあっても、淡麗辛口ではありませんよね。ではこの味をどう表現すれば良いのでしょうか?
【加登さん】僕自身も、この味をどう表現するか悩んでいます。甘口のお酒を造っている訳ではないし、淡麗だけど淡麗辛口までいかない。そこで僕は「新しい新潟淡麗」を造る、と言っています。
日本全国を見渡しても「新潟淡麗辛口」のように確立された地域ブランドはあまりありません。今では新潟でもいろんなお酒が増えましたが、先人たちが築き上げた「新潟淡麗」という地位を壊してしまうのはもったいないと思います。
今や、同じ設備があれば新潟でも他の地域でも似たようなお酒が造れる時代です。それって面白くありませんよね。
では僕が目指したいのは何かというと、新潟に根付いた「淡麗辛口」を再構築することです。
甘味成分を抑え、日本酒度をプラスにしてキレを良くする。そして軽やかで膨らみのある淡麗な味わい。淡麗辛口ではないけれど、さっぱりとしたキレのある味わい。
これを「新しい新潟淡麗」として造っていきたいと思っています。
【辻本】天領盃酒造さんは特定名称や成分などの情報をほとんど公開されていませんが、雅楽代の日本酒度はどのぐらいなのでしょうか?
【加登さん】情報をあまり公開していないのは、決して秘密にしているわけではなく、まだいろいろ試している最中だからです。2023BYでは、鳴神の日本酒度は+8で、月華は+3~+5、日和は±0ぐらいです。
瑞華に関しては、実は去年から少しずつ淡麗寄りにシフトしています。六華は出品用なので、あえて変えていません。
1杯の酒に佐渡の魅力を詰め込みたい
【辻本】「新しい新潟淡麗」を目指すために、佐渡の米にこだわられているのですね。
【加登さん】地元の米にこだわる理由は、淡麗酒に向いているからではありません。
佐渡でしかできないものって何だろうと考えると、最初にお話ししたトキとの共生や、金北山の自然、佐渡の成り立ちから得られる恵み、そういうものを反映したものです。
だからこそ、金北山の伏流水を使い佐渡のお米で酒を造っているのです。そして、その一杯の酒から佐渡の豊かさを感じていただきたいと思っています。
佐渡島の金山が世界遺産に登録になると、観光客も増えるでしょう。
楽しかった、美味しかったという思い出を提供できるようにしたいです。
天領盃酒造の敷地内には、すでにクラフトビールの「トキブルーワリー」が営業しており、クラフト酒も開業予定です。他にもウイスキー、ワイン、クラフトジンなど可能性があり、将来、酒のテーマパークのような観光拠点にできたら面白いですね。
インタビューを終えて
鎌倉時代に佐渡に流された順徳天皇は、優れた歌人として和歌の文化を佐渡にもたらしました。歌会の褒美として授けられた土地「歌代」は、後に「雅楽代」と名乗られるようになり、それがブランド名の由来で、雅楽代の商品名はすべて大和言葉で表現されています。
「六華」の意味は「雪の結晶」。その六角形は自然界で最も強靭な形とされ、美しく、しなやかで柔軟です。加登さんは天領盃酒造もそのようにありたいと語ります。
また、「六華」のエンブレムは一筆書きで描かれており、永遠を意味しているとのこと。トキを復活させた佐渡の地で、天領盃酒造は「新しい新潟淡麗」を築き、佐渡酒を永遠に続けていく、このエンブレムはそのようなロマンを感じさせてくれます。
今回の取材に丁寧に対応頂いた加登社長、ありがとうございました。天領盃酒蔵が佐渡酒の魅力を、力強く、しなやかに、そして永遠に放ち続けていくことを心から願っています。