酒を知る夏に酒を愉しむ

季節に寄り添う日本酒つくり

夏に酒を愉しむ

9月上旬頃、早生米の収穫が終わると、ほどなくして酒造りが始まります。そして気温は徐々に低下し、11月には晩生の山田錦や雄町、愛山などが収穫され、醸される酒もだんだんと高品質なものにシフトしていきます。

そして年が明け、桜が咲く頃になると全ての仕込みが完了し、蔵開きをしたり、設備投資をしたり、田植を手伝ったり酒造以外の活動に移行していくのです。日本の季節を繊細に表す二十四節気・七十二候の原風景は、酒造りの中にも息づいているのです。

一般的に酒造りには2~3ヶ月程の期間が必要となります。春先は気温も上がってくるので、濃厚で繊細な酒を醸すのが難しい一面があります。しかしながら、そんな醸造環境にあわせ蔵人が技術的な工夫を凝らすことで、すいすい飲めるキリッとした酒や、冷やして口当たり良く飲める濃醇な酒、微発泡で爽やかに飲める酒など、夏らしい酒が出来上がるのです。

真冬にしっかりと醸された酒は、夏場は蔵で低温貯蔵され秋に出荷されます。これが「秋上がり」や「ひやおろし」と呼ばれる酒です。じっくり熟成されることで まろみが出て味わい深くなり、秋の味覚にぴったりの味わいになっている。このように季節と共にうつろう魅力が飲食文化にはあり、その素晴しさに改めて幸せを感じます。

冷酒(レイシュ)の歴史

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雪冷え、花冷え、凉冷え。冷やして酒を楽しむ文化は江戸時代にもありました。 当時、井戸水や貴重な氷を使い、酒を冷やす事はなんとも贅沢な話です。

今では、あまり馴染みありませんが「冷やし酒」という飲み方があり、いったん人肌程度に燗をしてから、徳利ごと水場で冷やして飲んだようです。燗することで雑味が飛び、風味が締まるとされました。夏場、酒は常温に放置すると傷む為、瓶ごと井戸に浸けて保存することもあったようで、傷んで雑味の付いた酒を飲めるようにする生活の知恵だったのかもしれません。

夏に酒を愉しむ

19世紀後半、ドイツのリンデがアンモニア冷凍機を発明したことで、冷たい飲み物の環境は激変しました。その後、アインシュタインやエジソンなど多くの科学者の研究により家庭用の冷蔵庫が普及し、手軽に飲み物を冷やす事ができるようになったのです。今や日本酒のラベルには「冷用酒」「冷蔵貯蔵」「生酒」等の記載がなされ、酒の管理には冷蔵庫は不可欠になっています。

凍結酒といったお酒も登場しました。火入れ殺菌の代わりに超低温で瞬間凍結させたもので、シャーベット状の酒を冷凍庫から出してグラスに注いで楽しみます。

ちなみに清酒の凍結温度はアルコール度数15度で-7°Cです。40度以上あるウォッカやジン等のスピリッツは-30°Cぐらいまで凍結しませんが、アルコール度数が35度位だと業務用冷凍庫で凍結します。また、家庭用の冷凍庫でも-18°C位まで冷えるので、アルコール度数25度位の焼酎は凍結する為、注意が必要です。

1970年代の地酒ブームで人気に火が着いた淡麗辛口の酒。それまでは夏場でも冷や(常温)か熱燗が主流でしたが、淡麗辛口の酒は、冷たくして爽やかな香りが楽しめて口当たり良く飲めると人気になりました。

この頃から、ビールのように酒 を冷蔵庫で冷やす事が当たり前になり、生酒や生貯の口当たり良くフルーティでみずみずしい味わいがもてはやされるようになっていったのです。

涼やかに冷酒を演出

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ビードロ、ギヤマン、琉球ガラス、切子細工。いかにも涼しげなガラス製の器は冷酒を粋に引き立てます。涼やかな磁器も良いですね。金属製の酒器は燗酒のイメージが強いですが、錫製の器は水を浄化して酒の味をまろやかにすると言われ、冷酒でも使えます。微発泡の酒はフルートグラスでシャンパンのように楽しむのも良いです。

また、飲み方も多様になり、オンザロックやサムライモヒートなど、涼しげなカクテルも楽しまれています。夏の気ままな休日に白絣でも着て、ちょっと贅沢な食材で肴を用意し、ガラス製のチロリで粋に楽しめば、豊かな気持ちにになり暑さも忘れてしまえそうです。

冷たいときに引き立つ旨さ

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日本酒はある程度冷やす事で甘味が抑えられ、フルーティな酸味をフレッシュに感じる効果があります。冷やし過ぎると香りが立ちにくくなりますので、香りのよい吟醸酒等は少し高めの8~12°C位が好ましいとされます。テキーラショットのように、氷温に近くまで冷やしたスピリッツを一気に飲むとアルコールの甘味を感じますが、清酒では香りが立たず、冷やしても6~8°C位が適当でしょう。

冷たいときに美味しいと感じる旨味成分は「冷旨系」と呼ばれ、レモン等に含まれるクエン酸や、リンゴ酸、酒石酸、酢酸等があります。一方で乳酸や、コハク酸、グルコン酸、脂肪等は温かいと美味しく感じられ「温旨系」と呼ばれます。

冷旨系の成分は炭酸ガスや糖と相乗効果があり、生姜、梅肉、紫蘇の葉、サフラン等と相性が良いです。ヒラメ、タイ、スズキ等淡白な白身魚やタコ、イカ、貝類に合います。肉類では脂身の少ないものや鶏、豚ヒレ、馬刺、酢モツのような内臓も良いですね。個人的には、豚ヒレ肉を蒸し豚にして辛子醤油をたっぷりつけて純米酒でいただきたいです。

旅行に行くのも難しい昨今、贅沢な食材で冷たい酒に合う料理を用意し、気ままな夏の休日を楽しんでみてはいかがでしょうか。

夏に頂きたいおつまみレシピ