- 1. 三輪の懐かしい風景、たいこ橋
- 2. “三輪さん”の御加護を願って
- 3. 伝統的な建築技術が息づく
- 4. 仕込み工程が一望できるホール
- 5. 「三輪伝承蔵」の酒造り
- 6. 「三輪伝承蔵仕込み」のお酒
- 7. 酒に込める三輪の歴史と文化
2025年4月、奈良県三輪の大神神社参道に、新たな酒蔵「三輪伝承蔵」が誕生しました。
蔵を開いたのは「みむろ杉」で知られる今西酒造。その名のとおり、日本酒の聖地とも称される三輪の歴史・文化・風土を、次世代へと受け継ぐ拠点として歩み出したのです。

今西酒造は、1660年の創業以来、酒の神が鎮まる三輪の地に感謝を捧げながら、酒を醸し続けてきました。
14代蔵主・今西将之さんは、事業承継からわずか3年ほどで全国新酒鑑評会において金賞を受賞し、令和5年度には「純米x奈良県産米x9号酵母」で初めての金賞を獲得。その技術を磨き続け、この地に根ざした酒造りを追求しています。
今回は、新たに開業した「三輪伝承蔵」をご案内いただき、今西酒造の今後についてお話を伺いました。「清く正しい酒造り」という醸造哲学を貫き、徹底して“きれいな酒”を目指すその姿を、3編にわたってご紹介します。
まずは第1編、「三輪伝承蔵」のご紹介です。
三輪の懐かしい風景、たいこ橋

梅雨とは思えない真夏のような晴天のもと、年間500万人を超える参拝者が訪れる日本最古の神社・大神神社の参道には、平日にもかかわらず多くの参拝客が訪れていました。
その参道に寄り添うように佇むのが「三輪伝承蔵」です。蔵の入口に架けられたたいこ橋は、かつて昭和30年代までJR三輪駅北側の線路に架かっていた立派なたいこ橋のオマージュとして再現されたもので、橋の下を汽車が走っていた当時の懐かしい風景を呼び覚まします。

「三輪には素晴らしい歴史や文化、風土がありますが、地元ではそれが当たり前になってしまい、その価値に気づいていないのが残念です」と今西さん。
だからこそ、この新たな蔵には三輪の魅力をぎゅっと詰め込み、地元の人々が誇りに思える新しいシンボルになってほしいという願いが込められています。
“三輪さん”の御加護を願って

大神神社の御神霊は三輪山に鎮まり、地元では親しみを込めて“三輪さん”と呼ばれています。また、御祭神は白蛇の姿を借りて現れるとされ、巳の神様としても知られています。
「木桶菩提酛蔵」を開業して以来、試行錯誤を重ねてきた今西酒造では、新たな構想が少しずつ形になっていきました。そして今年、縁起の良い「巳年」に合わせて「三輪伝承蔵」を開業したのです。

蔵の入口には「しるしの杉玉」が掲げられ、この蔵でふんだんに使われている“杉”もまた特別な存在です。
大神神社のご神体である三輪山を覆う杉には神が宿るとされ、杉に敬意を払うことは三輪の人々にとって、大切な慣わしです。また、吉野杉は三輪山の神木を移植したことに始まるとされ、信仰と歴史のこもった杉によって、この蔵にふさわしい美しさが生み出されています。
伝統的な建築技術が息づく

「三輪伝承蔵」は、「板蔵造り」や「校倉造り」といった伝統工法を用いて、職人の手仕事によって建てられました。
屋根には、希少な技法である「扇垂木(おうぎだるき)」が用いられています。これは通常平行に並べる垂木を、軒先に向かって扇状に配置するもので、垂木の形もひとつひとつ異なるため、非常に手間がかかりますが、構造的にも優れ、かつ美しい意匠をもたらします。この技術は室町時代に確立されたもので、同時代に誕生した「菩提酛造り」とも通じ合います。
酒造りと建築という二つの伝統が調和する「三輪伝承蔵」は、三輪の歴史・文化・風土を紡ぐ場として大きな意味を担っているのです。
仕込み工程が一望できるホール

ホール内は杉のやさしい香りに満たされ、試飲コーナーとグッズショップが併設されています。
天窓まで高く立ち上がった吹き抜けの天井は印象的で、杉材が格子状に組み重ねられており、まるで光を集める器のように美しい。その柔らかな光に照らされ、蔵全体が清らかで心地よい明るさに満たされています。

グッズが並ぶテーブルの天板には見事な杉の一枚板が使われており、今西さんによると「樹齢360年ほどで、今西酒造の創業とだいたい同じです」とのこと。さらにテーブルの台は、杉材を校倉造りで組んだもの。
あらゆるものに杉と伝統技術を使うことで、全体に調和をもたらし、モダンで洗練された空間が創出されているのです。

ホールからはガラス越しに仕込み室が一望でき、蒸米の工程では蔵の外に甘く香ばしい香りが漂います。放冷後、蒸米は木桶へと投入され、伝統的な「菩提酛造り」の様子をライブで見学できます。

しぼりたての酒をその場で試飲できるカウンターがあり、「アテ」として楽しめるのが自蔵の酒粕や醤油麹を用いた料理の品々。ローストビーフの塩麹添えなど、中庸でふくらみのある酒にぴったりと寄り添います。

さらに注目したいのが、器へのこだわりです。皿は三輪の土を使って蔵人が自ら焼いたもので、ひとつひとつに三輪への深い愛情と美意識が表れています。酒器には香りを引き立てる「SHUWAN」を採用。「グラスではなく、日本酒には土で焼いたものがふさわしい」と今西さん。
「三輪伝承蔵」は酒と土地、器の文化が一体となった“体験する酒蔵”といえる空間なのです。
「三輪伝承蔵」の酒造り

「三輪伝承蔵」での酒造りには、三つのこだわりがあります。
すべて「菩提酛仕込み」であること
原料米はすべて奈良県産であること
仕込みはすべて吉野杉の木桶で行うこと
この蔵では、歴史・文化・風土を意識した酒造りが丁寧になされています。

仕込みは週2回程度、週末の午後には多くの見学客が訪れます。
蒸し上がった米はすべて手作業で木桶へと運ばれ、温度は冷缶に毎日氷を詰めて調整。バックヤードには大型製氷機があり、今西酒造らしい手間を惜しまない姿勢が垣間見えます。

仕込みに使われる甑(こしき)と木桶はいずれも吉野杉製。8台の木桶が整然と並ぶ姿は凛とした美しさを放ち、発酵中の桶を覗くと、淡雪のような醪が静かに広がります。爽やかな杉の香りと、瑞々しいバナナのような香気が混ざり合い、思わず一口飲みたくなります。
搾りは低温で管理しながらヤブタ式圧搾機で行い、瓶詰めや火入れもすべて手作業。さらに高性能な分析器やオゾン水生成装置も備え、小規模だからこそ実現できる研ぎ澄まされた酒造りが実践されています。
このミニマルな蔵のレイアウトは、今西酒造の確かな技術と醸造哲学に裏打ちされており、世界中で水平展開可能なモデルになりうるものといっても過言ではないでしょう。
「三輪伝承蔵仕込み」のお酒

この新蔵では、奈良県産の山田錦、露葉風、奈々露といった酒米を使用し、精米歩合35〜65%の純米酒を中心に醸造しています。酵母は本蔵の蔵付き酵母を使用。選抜・試験醸造に3~4年を費やした末に「これぞ」というものにたどり着いたそうです。
仕上がった酒は、原酒でもアルコール度数が13度と低めながら、菩提酛と木桶仕込みによる厚みや複雑さを感じられるのが特徴です。実際「奈々露」を試飲すると、程よいボディに透明感のある酸が調和し、心地よい余韻が楽しめます。これらの酒は、奈良に伝わる伝統色である若草・朱・紺のラベルをまとい、「三輪伝承蔵仕込み」として主に蔵内で限定販売されています。

ここ数年にわたる乳酸菌の研究が進んだことで、安定した菩提酛造りが可能になり、今西さんも手応えを感じているようです。今年度は今西酒造の全醸造量の約3分の1が菩提酛によるものですが、来年度にはその割合を半分まで引き上げる計画とのこと。益々躍進する「みむろ杉菩提酛仕込み」の今後に注目が集まりそうです。
酒に込める三輪の歴史と文化

「美味しい酒を造るのは、もはや当たり前のこと」
世界に類を見ないほど深い歴史と豊かな文化の情報を酒に乗せ、酒造りを通じて三輪の魅力を発信し、地域の誇りを築いていきたいと、今西さんは願っています。大神神社を訪れる多くの参拝客に、この地が「酒の聖地」であることを知ってもらいたい。そして、世界中の酒を愛する人々に向けて、三輪の文化や美しさを届けたい。このような想いが、今西さんの言葉の端々ににじみます。

昨年、日本の伝統的酒造りがユネスコ無形文化遺産に登録され、今年は関西万博の開催年でもあります。「三輪伝承蔵」は、酒の聖地をめぐるツーリズムの拠点としての可能性も秘め、国内外の注目を集めることでしょう。
地域の誇りと“三輪さん”のご加護の下、三輪の歴史・文化・風土が込められた酒を醸す。その姿勢は、きっと訪れる人々の心を動かすに違いありません。

次編では、さらに研ぎ澄まされていく今西酒造の酒造り、その醸造哲学とブランドに込められた想いなどをご紹介します。




























