酒をつくる今西酒造見学

酒の神宿る地、三輪

今西酒造見学

三輪山の麓にある大美和の杜展望台。正面には大和三山や二上山といった奈良県を代表する景色が望める。東を見ると大神神社のご神体である三輪山の厳かな姿が傍立つ。ここは太古の神話の舞台。三輪山は大国主神が大物主大神を祀ることで国を平定したといわれる神話の山だ。酒に関する神話もある。かつて疫病で国が大混乱に陥ったとき、時の天皇、崇神天皇の夢に大物主大神が現れ、自らの子孫を祭主にしてお神酒を奉納すると疫病が収まる、とのお告げがあった。崇神天皇に命じられた高橋活日命は一夜で酒を醸し奉じたところ疫病は止み、平安がもたらされたとの事だ。このような神話が古事記や日本書紀に伝承されており、大神神社は建国の神、酒造の神として古くから篤く祀られ、最古の神社といわれている。

大神神社には本殿がない。三輪山そのものがご神体なのだ。つまり三輪山に芽生え育った杉には神の営気が宿っており、その杉から作る杉玉は酒造のお守りとして酒蔵の軒につるされる。そこには「しるしの杉玉 三輪明神」と書いた札がついており、新酒の出来上がりを告げる印として広く知られている。

万葉集にも詠まれ、枕詞がうま酒である三輪。酒の神宿るこの地で360年に渡り酒を造り続けている唯一の蔵が今西酒造だ。本日は今西酒造の蔵を訪ね、その酒造への思いに触れていきたい。

まずは大神神社にお参り

今西酒造見学

JR万葉まほろば線の車窓から30mを越える大鳥居が見えてくると、そこは三輪駅。駅を降りると、すぐに参道となる。参道の右手に今西酒造の直売店があり、ここで小瓶の酒と生卵の「お神酒セット」を購入し、「巳の神杉」に供える。拝殿前に向かって右手に樹齢500年ともいわれる立派な大杉がある。これが大物主大神の化身である白蛇が宿る「巳の神杉」だ。お神酒と卵を供え、平和とうま酒への感謝を祈る。

正面には三輪山を背に荘厳な拝殿がある。その中央に若々しい大杉玉があるはずだが、壁代に隠れ、残念ながら見えない。直径1.5m、重さ200kgの大杉玉。その分身の杉玉が全国の酒蔵に届けられるのだ。

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大神神社は薬の神様でもあり、拝殿前を北に進むといろんな薬草が植わった「くすり道」がある。その先を少し登った所にあるのが最古の杜氏が祀られている活日神社だ。献灯には酒造関係団体の名前がずらり。時節柄、空からどんぐりがポツポツと落ちてくる。まるで酵母が発酵しているかのような音に聞こえ、活日命が醪を醸している姿に触れたような気持ちになる。

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来た小路を戻り、さらに進むと狭井神社。ここは健康の神様が祀られている社でその裏手に薬井戸がある。「御神水」として参拝客が飲んだり持ち帰れるように綺麗に整備されている。ミネラルを感じさせない口当たり。のど越しもスムーズでスルッと入る。胃に入っても重たくなくスッと消える。この水は薬でもあり、また、酒にもなるのだ。

参道のお店で素麺を頂き、準備万端。いざ蔵へ。鑑評会でいくつも賞に輝く酒を造られている今西酒造の十四代目蔵主、今西将之さん。仕込みの合間にお時間をいただき、貴重なお話を聞かせていただきました。

酒を醸すもの

今西酒造見学

歴史を感じさせる重厚な建物の前には、鑑評会の賞に輝いた垂幕や菰樽、それと「しるしの杉玉」がさりげなく飾られている。地元の方が普通に買物に来る日常的な姿は日本の原風景で、心が安らぐ。

先代の急逝により、知識も経験もない中、十四代目蔵主となられた今西将之さん。多角化をしていた他の事業は売却し、造り酒屋としていかにあるべきか試行錯誤し、結論として三輪の地酒として丁寧な酒造りを尽くすという思いに至られた。

全国の酒蔵を巡り知り得た設備を大胆に導入。また、蔵人も平均年齢30歳で、情熱とチームワークに長けた気質をもつ。労務環境も整え、一般蔵の倍程度の人員規模で運営し、丁寧な酒造りの基盤を築くことができた。 清く正しい酒造りがモットー。一点の曇りもなく、正しい手法で、厳かに酒を造る。杜氏の神「高橋活日命」が「この神酒は 我が神酒ならず 倭なす 大物主の醸みし神酒 幾久幾久」と詠んだ如く、三輪の神に成り代わって酒を醸すという姿勢がその思いの中に感じられる。

水と米を生かす

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仕込み水は雨をたっぷりと溜め込んだ三輪山の軟水。薬井戸の水と同じで硬度も低めでピュアな味わい。酒の成分の80%を占める水の味が酒の味、すなわちブランドを決めるといっても過言ではないとの事。膨らんで消える、清らかな水に米のエキスを乗せて酒の味を築いていくのがみむろ杉の酒造りだ。

酒造用の米は、三輪山のテロワールにある契約栽培農家が作る山田錦、露葉風などを使っている。栽培農家によって米の個性が変わると、吸水など仕込みの加減がバラバラになり、微妙な差ができてしまう。そこで自社で酒米栽培を始めた。それによって稲作への理解を深め、各栽培農家へ的確なフィードバックをしていく考えだ。

全工程ひと手間ふた手間かける酒造り

今西酒造見学

今西酒造に納品される米袋には全て生産者の名前が記されている。その米を10キロずつ優しく割れを防ぐよう注意深く洗米し、米糠を丁寧に落とす。吸水管理も個別に徹底し、神経を配りながら雑味の無いクリアな味を追求していく。

蒸し上げた米は二階の放冷室に全て手運びし、自然放冷させる。(写真:2階の放冷室に向かう階段は、神社の参道のような厳かさがある)シューターは一切使わない。1回の仕込みで1トン近い量になるので、かなりの体力を要する作業だ。

シルクのような滑らかさを産み出すにはとことん手間を掛ける。真綿でくるむように、汚さないよう、割らないように大切に米を扱う事が重要だ。みむろ杉ブランドは全て鑑評会出品用の酒造りで仕込まれる。酒造りに向き合う思いにも三輪山の水のようなピュアなきらめきが溢れているようだ。

製麹は泊まり込みによって繊細な温度管理を行う。菌糸をしっかり回した総破精麹に仕上げるためじっくり時間をかける。そうすることで米がよく溶けて発酵がしっかりと行われる。酒造りは全て小規模の低温長期発酵。発酵中の成分は様々な項目について日々チェックされ、科学的に管理を行っている。最終的に繊細なティスティングを経て、味があるのにピュア、スッと消えるような上質なキレといった絶妙のバランスが生み出されるのだ。

厳かな蔵で醸す酒

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築170年の蔵の天井は高く、立派な梁がその歴史を物語る。その蔵のなかの清潔で乾燥した部屋にある巨大な杉樽。今年導入された3000Ⅼの大樽だ。杉材は継ぎ目が判らないぐらいぴったりとくっつけられ、竹材のタガで引き締める。大樽には20m以上の竹材と高度な技術が必要とされる。真新しい大樽は威風堂々と鎮座し、勇壮な存在感を示しながら、静かに仕込みの時を待っている。

2階には清潔な放冷台が複数台並び、奥は麹室。神社の拝殿のような荘厳な雰囲気がある。麹室の中では麹菌が菌糸を伸ばし息づいている。酒造に関わる微生物はあたかも神の使いのようで、それらが働く場所には凛とした空気が広がっている。

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2つ目の山を築く

三輪のテロワールを掛け算で表現したい、そういった思いはかねてより持っていた。ただ、一気にたどり着くことは難しい長い道のり。ここ5年間の活動は、云わば、その下地だった、との事だ。水、米に加え、人材、設備、技術が整った今、みむろ杉は未来に向けて新しいステージに入いる。軟らかな食中酒を目指す姿勢はそのままで、さらに深く「三輪のテロワール」を表現するブランドにしていく。代々造り続けている漢字で書く三諸杉に加え、ひらがなで書くみむろ杉ろまんシリーズという2つ目の山を築き上げていくのだ。

地元とともに歩む・杉と菩提酛

地酒の本分は「ビジネス」として行うものでなく、あくまでも「地元との関係性」に基づくべきだと考える。”三輪さん”と呼ばれ愛される大神神社中心に関わりあう地域は、良いときも厳しいときも変わることなく蔵を支えてくれる。地元に潤いをもたらす酒造りこそが三輪の造り酒屋としての本分で、そのキーワードは米、杉、菩提酛と考える。

明治時代、鉄道が開通した事により、大和平野と山間部の接点にある桜井は木材の集散地として発展を遂げることとなる。吉野杉は、幹の太さが均一で、節がなく、香りが穏やかで、酒樽など加工にも適した高級材として需要が広がった。戦後、膨大な復興需要で、原木の供給が追い付かず価格が高騰、昭和30年代頃から酒造用にホーロータンクの導入が始まり、杉樽は使われなくなっていった。

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現在、残念ながら桜井の木材産業は以前のような活況が無いが、人工林には良質な原木が多くあり、その価値を新たな成長につなげるべく様々な取り組みがなされている。三輪を起源とし、江戸時代より摂泉十二郷の酒造りを支えた吉野杉。その杉材を活かした酒造りは、地元産業の活性化にインパクトを与えることが期待される。杉の目利き、仕入に長ける強みを活かし、木箱、ラベルなど杉の魅力を存分に取り入れた製品開発を進めていく。さらに、杉材を使用した大樽でみむろ杉独自の菩提酛造りを行っていく。既に仕込みを開始し、順調にいけば春にはリリース予定とのことだ。

国際的に食中酒として受入れられるには酒の味はピュアだけでは限界があるとおっしゃる。そこで、杉樽と菩提酛の個性を活かし、みむろ杉らしい綺麗さと複雑味の両立を探求していく考えだ。上質感と複雑性を兼ね備えたような酒を狙いたい。杉樽での菩提酛造りは、室町時代に行われていた手法で、まさに原点回帰だ。「古きをたずねて新しきを知る」。令和の菩提酛造りに取り組むことで新たな技術や知見も得られるだろう。菩提酛木桶仕込みのみむろ杉。どのような味わいになるか、春の訪れが楽しみだ。疫病退散の神話のように、素晴らしい酒が穏やかな春を連れてきてくれる事を心から祈りたい。

後記

今西酒造見学

酒の味は、酒が本来有するものだけでなく、造り手の思いやエピソードなどを知ることでより深く感じることができるものです。今回膨大な量の情報に触れさせていただき、みむろ杉の味がさらにおいしく感じられるようになりました。ぜひ三輪の地を訪れ、神宿る三輪のテロワールに触れていただければと思います。今西酒造は本店のほかにも2か所ショップがあります。独自で作られている三輪のマップもあり、三輪愛に満ちたみむろ杉の世界観にどっぷりと浸ってみてはいかがでしょうか。

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