酒をつくる油長酒造蔵見学~「風の森」の故郷を訪ねる~

地元で愛される峠のように

風の森蔵見学

豊かな田園風景が広がる金剛・葛城山麓。 ここは弥生時代、豪族が集落を築き大規模な水稲栽培を行っていたとされる地です。江戸時代には多くの篤農家が活躍しており、古くから稲作にゆかりのある地なのです。

「風の森」はこの地で300年以上にわたり酒を醸し続ける油長酒造が、地元の米、水、風土を醸した酒です。

名前の由来となる風の森峠は地元で愛されている場所。そこには絶え間なく心地よい風が吹き抜け、豊かな自然を感じることができます。

心地よい飲み口、豊かな旨味で地元に愛される酒を目指す、この名前にはそんな思いを感じます。

ブランドを興したのは蔵元として長年にわたり活躍された先代です。

当時、日本酒業界は過渡期にあり、酒蔵は自社の商品の在り方を見つめ直す必要に迫られました。そこで、地元の方に飲んで美味しいと思ってもらえる酒を造ろうと考え、地元の米「秋津穂」を用いて、搾ってそのままの生き生きとしたお酒「無濾過無加水生酒」のスタイルを打ち出されたのです。

風の森蔵見学

それが「風の森」の始まりで、1998年の事でした。
品質管理された健全な日本酒をグラスで提供する飲食店が増え、一度飲めばわかるその美味しさは幅広い世代に受け入れられました。

ほのかな果実の香り、微発泡のプチプチとした口当たりが爽やかで、生酒らしいしっかりとした旨味が楽しめます。バランスがとれ、原酒にもかかわらずアルコール感が気にならない美味しさに、ホッと心が安らぎます。

風の森蔵見学

807シリーズのラベルに書かれたメッセージは「大地のエネルギーを発酵に活かし、豊かな複雑味を最大化したシリーズ」。

シンプルに美味しいと感じるお酒を目指し、突き詰めていくことでなせる味。無濾過、無加水、火入れしない、7号酵母で30日以上の長期低温発酵することをルールとし、一番美味しく飲める状態にこだわる弛まない努力がその味を磨き続けています。

今回は、「風の森」の蔵見学をさせていただき、13代目山本長兵衛社長のお話を基に、その魅力をご紹介したいと思います。

前衛の醸造哲学が息づく蔵

風の森蔵見学

油長酒造がある御所は、かつて江戸時代には交通の要所にある商業都市として栄えた町です。歴史を感じる街並みの中に近代的なステンレスタンクが現れてくると、そこが油長酒造です。

駐車場の脇には、超硬水の仕込み水がこんこんと湧き出る井戸があります。鉄筋コンクリートの三階建ての蔵は先々代が戦後ほどなく建造されたもの。

1階の木造部分に歴史を感じるとともに、実際中に入ると、後世の事を考え当時の最先端の技術をもって建てられた蔵なのだと実感します。
その構造は作業工程が上から下に降りていくような機能的な設計で、最上層で洗米・浸漬、中間層で蒸きょうと麹造り、その下に仕込みタンクがあり、1階で瓶詰めを行います。近代的で清潔感に溢れており、三世代にわたり手を加えながら大切に使われているのだと感じます。

50年以上たった今も設備の更新を続けながらフル稼働し、「風の森」が育まれ息づく蔵として活躍しているのです。

風の森蔵見学

ご案内いただいた中川さんは女性の酒造技能士です。お酒が好きで入社され、麹造りからスタートし酒造りを学び、現在は「風の森」の醸造責任者として活躍されています。

風の森蔵見学

最初に案内いただいたのは2階の醗酵室。ここには20基近い大型タンクが立ち並び、前衛的な酒蔵です。各タンクはそれぞれ温度管理がなされ室内にあるモニターで集中管理できるとの事。さらに、そのシステムは携帯端末とつながり、いつでもどこでも醪の状況を確認、調整もできる優れものだそうです。

かつて杜氏は醸造期間は住み込みで昼夜を問わず酒造りに勤しみました。特に厳冬期の夜間の作業はとても厳しい仕事です。でも、ここにはその必要がありません。リモートで状況が認識でき、適切な対応をすることで健全な発酵が行えるのです。

まさに働き方改革。今の時代では、労働環境の整備もより良い酒を造る為の大切な要素なのだと感心しました。

風の森蔵見学

醗酵室から少し上がったところに検査室があります。入口の壁面が藤色に塗装され、「風の森」のロゴが切り文字で印象的にあしらわれており、特別な雰囲気を感じます。

先代が研究に没頭されたこの場所は、まさに「風の森」が生み出された部屋なのです。

ここでは醸造に関する分析が行われ、蓄積されたデータを参考にして安定した酒造りができるのです。「風の森」の酒造りの特徴は米と硬水の力強いエネルギーを抑え、低温でゆっくりと醸すことです。
毎日の酒造データを管理する表もオリジナルに加工しているとの事、先代がたどり着かれた低温長期醪へのこだわりが次世代にも確かに伝承されています。

風の森蔵見学

検査室の横で上槽が行われます。そこには巨大なアコーデオン型のヤブタ式自動圧搾機があり、上槽後の酒はその横にある貯酒タンクで静置され、瓶詰め出荷まで低温で貯酒されます。そしてその真下にある瓶詰め室で製品化されるのです。

風の森蔵見学

極力酒に負担を掛けない仕組みは、生原酒の旨さを最大限に生かす為のもの。お酒を優しく扱うことで発酵によってできた炭酸が酒に残るのも「風の森」らしさです。

風の森蔵見学

1階にある充填機は、コックで注入を止める仕組みではなく、サーボモーターで優しくホースを抑えるオリジナルのもの。衛生的な充填機を目指して独自に考案されたそうです。このように製品化の工程にも生酒の味わいを大切にする工夫がなされているのです。

他にも、低精米の米を精密に洗うためのファインバブル水、よりいっそう酸化を抑える上槽の方法、結露に強いダンボールなど、数多くの英知が結集され「風の森」は完成します。

そのおかげで、一般的には新酒の時期だけにしか楽しめないしぼりたての美味しい酒が一年中楽しめるのです。

ALPHAシリーズ~様々な醸造スタイルへの試み~

風の森蔵見学

「風の森」は現代の技術の粋を結集させ次の時代へ受け継がれる日本酒を目指すもの。その中で、従来の風の森の定めた枠を超え、新たなる日本酒の可能性を様々な角度から模索していくものをALPHAシリーズとしています。

種類毎にテーマやキーワードを設定し、今まで醸したことのない様々なスタイルにチャレンジする。
「次章への扉」、「この上なき華」、「世界への架け橋」、「燗SAKEの探求」などワクワクするような副題と共に思いを込めて造られています。

この度発売されたALPHA8のテーマは「大地の力」。精米していない玄米をビール麦芽のように焙煎して醸したものです。なぜそんなマニアックなテーマに取り組まれたのか。

「それにはれっきとした背景があるのです」と山本社長から貴重なお話を伺うことができました。

風の森蔵見学

縁あって、クラフトビールの醸造所、奈良醸造の浪岡さんとの話の中で「風の森の酵母と仕込み水でビールを造ってみよう」という話になり、奈良醸造さんで実際にビールを仕込まれたそうです。
そして出来た製品を飲んでみると、吟醸香が感じられ、とても美味しく驚いた、との事。

実際吟醸香は、米を磨く事で出るのではなく、醪の成分が変化する時に発生するもの。麦芽を原料にすると全体的に成分が多いので上手く吟醸香が出たのでしょう、と考察されています。それに刺激され、ローストした玄米を用いたらどんな酒ができるのかと思い立ち、造られたのがこのALPHA8でした。

風の森蔵見学

実際造るとなると、玄米を発酵できるように如何に溶かすかが問題となります。焙煎するとでんぷんは糖化されるのですが、炒りすぎると溶けないとの事。
試行錯誤を経て、たどり着いたのが「アモルファス製法」でした。

玄米で造る麴にも工夫を凝らす必要があり、やってみないと解らないことがたくさんある。大変な取り組みではありますが、技術力の向上にもつながり、めぐりめぐって「風の森」の品質向上にもつながっていくとお考えなのです。

これからの油長酒造

風の森蔵見学

新蔵の計画もあり、油長酒造のイメージをさらに深めていきたい、と山本社長は夢を語られます。

23年の歴史を刻む「風の森」ブランドはその中心的な位置であることは揺らぎない。先々代が建てた蔵で、先代が生み出されたブランドをさらに磨いていく13代目。

先進性と歴史を重んずる考えを併せ持ち、先を見越して取り組む姿勢は油長酒造の伝統です。

奈良の地の古の酒造りを研究しつつ、新たな近代技術も磨いていく。原料となる米を作る地元の農業の価値を高める仕組みづくりにも取り組まれるとの事です。

味わいだけでなく、原料、技術、地域などを含んだ広い価値観に基づいた酒造りが13代目の目指すものなのだと、今後のご活躍に益々期待が膨らみます。

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