酒をつくる「鳳凰美田」醸造元 小林酒造を訪ねる~日光のテロワールを醸す~後編

【伝統ある蔵】

日光のテロワールを醸す

朝7時過ぎ、すでに蔵は動き出しています。酒米を蒸す蒸気が立ちあがり、蒸米の香りに満たされ、蔵は独特の雰囲気を醸しています。

日光のテロワールを醸す

明治5年創業のこの蔵は鳳凰美田の魂で、その伝統が脈々と受け継がれている聖域です。
門柱に掲げられた木札の屋号看板、外灯の電飾看板、蔵の切妻上部に設えた丸越の印。目に触れるあらゆるものから創業以来の伝統の重みを感じます。

ここでは高品質な吟醸造りを続けており、特に大吟醸や伝統ある生酛造りに注力しています。古い梁、張り詰めた空気。ここでしか創造できない唯一無二の価値があるのです。
そしてその価値は全て人にしかできない繊細な作業によって醸し出されるのです。

時を刻むような洗米作業

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洗米・吸水は良い麹を作るための重要な工程です。そのため基本的に蔵人が一人で行うようにしているとのこと。
洗米した酒米は笊に入れ、水をはった桶に浸けて吸水させます。時間が来ると水を切り、計量し吸水状況を確認します。

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重量物である米を絶え間なく運び、冷たい水に触れ続け、米は待ったなしで水を吸っていくため手を休めることは出来ません。1日1000㎏もの米を繰り返し洗米していく作業はかなりの重労働といえます。

一人で行うことで責任が明確になり気持ちを張り続けて精密に作業を行える、そういった適性を持つ蔵人だけが担当できるのです。

直火の和釜での蒸きょう

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蔵の入り口近くにある甑は創業当初から使い続けられている直火を用いた和釜です。
和釜に紐掛けされた天幕が蒸気で張り裂けんばかりに膨らみ、モクモクと熱煙を上げています。

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蒸しはじめから約一時間、掛けられた紐がとられ天幕がはずされると、ダイナミックに湯気が溢れ出します。

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蒸きょうの行程のクライマックスは「釜のへそ抜き」。
甑の下部にあるへそのような木栓を木槌で打ち抜く作業なのですが、危険を伴うため熟練した蔵人が行います。

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「へそ」が力強く一気に打ち抜かれると、直火釜に圧縮されていた蒸気が噴き出します。
その光景は圧巻で、まるで蒸気機関車が停車するような迫力に息を呑みます。

力強い直火の和釜だからこそ、鳳凰美田の仕込みに最適な蒸米ができるのです。

製麴作業 ~健全な麹菌を育てる~

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蒸し上がった米は放冷したのち「引き込み」作業に移ります。蒸米は約15キロ毎に人力で布に取り分けられ、あらかじめ高温に保たれている麹室に運びこまれます。

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麹室は蔵の中でも特に清潔で、特別な空間です。

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中央に置かれた床には純白の布が敷かれ、
数人の蔵人が一定のリズムで何往復もして蒸米を運び込み、
床が覆い尽くされていきます。

そしてその蒸米は丁寧に揉みほぐされ、
温度ムラがないように均一に広げられていきます。

蒸米が目標とする品温に達すると「種切り」の作業に移ります。「種切り」とは、小さな容器に種麹をいれ、目の細かい網や布を通して蒸米の上から静かに振っていく作業のこと。

この作業は製麹行程の神秘的なハイライトになります。

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麹室の作業は二人一組で行われます。長方形の床の対角に構え、同じリズムで同じ方向に作業することで、短時間で均一に行うことができるのです。

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容器に入った種麹は昆布茶のような鶯色の粉。それを蒸米の上50センチ位から手前と奥に一定のリズムで振っていきます。
空気中に胞子が漂うため、空気を乱さないように静かに蒸米への沈降を待つ繊細な作業です。

静寂の中に種切りの音が一定のリズムで刻まれていき、麹室の緊張感はさらに増していきます。

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そして、種麹がまんべんなく広がるよう、両手で蒸米を反転していく「床もみ」が行われます。何度かこの行程を繰り返すことでしっかりと麹菌が繁殖する準備が整うのです。

洗米から種切りまで流れるように進められる作業には無駄がなく、熟練した蔵人がなせる技。まるでオペラのような完成された一体感を感じることができました。

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麹は、成長の段階によって適した環境が異なるため、段階ごとに部屋を分けて管理します。

例えば、人間でも若いころは少々怪我をしてもすぐに回復するのですが、年を取ったら寒さなどストレスがあると体調を崩してしまいます。

麹菌も同様で、ストレスを与えないように通気性の良い布を掛けたりして繊細に取扱われます。そうすることで洗練された上質な酒を醸す麹に仕上がるのです。

出麹前の麹を少し食べさせて頂きました。米の周りは白い麹菌に覆われ、栗のような香りを感じます。
甘味があり香ばしい。噛み締めても粘ることなく、でんぷんは麹菌の酵素によってすっかり分解されてしまったようです。
大吟醸はもっと甘く、麹が甘いと香りが出るとのことです。

仕込み ~安定した発酵に備える~

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ちょうど三段仕込みの中添えの作業を拝見させていただきました。中添えは仕込み3日目なので、発酵はほとんど進んでいません。

掛米がサーマルタンクに投入され、それを蔵人が櫂入れしていきます。
櫂入れとは、先にT字型の板のついた櫂棒を用いて、醪の中に深く入れ力を込めて引き抜く作業を繰り返すこと。
醪が撹拌されることで品温が均一に保たれ、また掛米の溶けを良くすることができるのです。

櫂棒の長さは2メートル以上あり、しかもタンク上の足場での作業は不安定です。
また、でんぷんの糖化も進んでないため、櫂入れは力のいる重労働です。

この作業によって安定した発酵が可能になり、約1ヶ月の発酵期間を経て、醪が完成するのです。

上槽 ~日本酒が生まれる瞬間~

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出来上がった醪は、搾ることによって清酒になります。その工程が上槽です。

こちらにある搾り機は珍しい竪型です。その構造は、酒袋とプレートが交互に垂直に積み上げられるもので、上から下にプレスされるとその間から原酒が滴り落ちてくる仕組みになっています。

まるでチョコレートフォンデュのようなその光景は、まさに唯一無二のもの。
水、米、自然、歴史、文化、人。
日光のテロワールが凝縮して滴り出る感動の瞬間です。

原酒の華やかな香りが一面に溢れるなかで、滴り落ちる原酒をそのまま飲んでみたい、そんな衝動にかられます。

日光のテロワールを醸す

搾られたばかりの原酒はサーマルタンクで静置されます。

上蓋を開けてもらいそこから覗くと、その青々とした色調に不意を突かれます。
和色でいうと萌黄色、柳色、鶸茶。洋色でいうとエルムグリーンやピーグリーン。とても新鮮な印象です。

伝統的な日本酒の色合いを表す「青冴え」の原色といえるのでしょうか。
ミントグリーンのように鮮やかで、高精米になるともっと鮮やかなエメラルドグリーンのような色になるとのこと。

実はこの色は米本来の色で、熟成することによって山吹色や琥珀色に変わっていくとのことです。

蔵の空気が酒に移る

日光のテロワールを醸す

門外不出の酒造技術が非日常感の雰囲気を高めるからでしょうか、蔵の内部は凛とした張り詰めた空気に満たされています。
黙々と働く蔵人の一挙一動には酒造りに向き合う真剣な気持ちが溢れ、その面構えには、時折迫力やオーラを感じ、グッと心に響きます。

酒造りは手間がかかり、それゆえ愛おしくもあるもの。複雑であるがゆえに蔵の空気がその品質に入ってしまう。
暗い空気だと暗い酒になり、明るい空気だと明るい酒になる。
微生物が感じているからなのでしょうか。酒には造り手の香り、空気感が出ます。

「ですから、心を整えて醸す事はとても大切なことだと思い、努めています。」小林専務は真摯にそうおっしゃいます。

日光のテロワールを醸す

専務の奥様である小林麻由美さんは醸造部長として鳳凰美田を支えておられます。岩手県の工業技術センターで勤務されていた経歴をお持ちの優秀な醸造家です。

醸造部長としての立場だけでなく、蔵全体に気を配り、スタッフが安心して働けるよう見守る姿がいつもあります。
「思いやりのある優しさで包み込んで、良い空気を醸成してくれる」、小林専務は奥様への感謝の気持ちをことある毎に口にされます。

酒造りは人。経営とマーケティング全般を担う専務と品質管理と蔵全体を支える奥様。
蔵を見学し、まさに二人三脚で鳳凰美田を造られていることを実感しました。

堅実な家族経営で地域と自らに向き合う。そんな姿はフランス銘醸地のドメーヌワイナリーのイメージと重なります。

地域の魅力を表わすこと

日光のテロワールを醸す

清らかな水、豊かな原生林の恵みである樽材、それらをとりまく日光の大自然。
古くからの山岳信仰、芸術美に溢れる建造物、そしてそこに息づく人。

日光のテロワールを表現した唯一無二のブランドは小林酒造だからこそなし得るものです。

みずみずしくフルーティな吟醸香が特徴的な、華やかで上質な日本酒「鳳凰美田」。

今回、日光のテロワールを体感し、伝統蔵を見学することで、その本質に触れることができました。

樽材の安定確保や酒米開発など今後の取り組みも楽しみで、益々その魅力を深め、飛躍されることを祈念します。

鳳凰は聖地にしか生息せず、聖天子が平和をもたらすときに現れる瑞鳥。
ここはまさにその聖地で、鳳凰の力強い羽ばたきを垣間見たような気がします。

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