人と共生する日光の天然林
日本の国土の約3分の2を占める森林は、植林などによって維持されている人工林と天然林に分けられます。
人工林は、戦後、国土再生するための建材用として多く造林され、生育の早いスギやヒノキなどの針葉樹が植えられたものです。
それに対し、天然林とは自然の力で維持される森林のこと。人の影響を受けにくい原生林だけではなく、人によって伐採されても自然に新たな木が育つ里山なども含まれます。
ここにはブナやナラなどの広葉樹が多くみられ、さまざまな生物が相関しながら生きています。特に、人の立ち入ることが困難な山奥の原生林は豊かな生態系が守られた貴重な存在です。
日光の豊かな天然林は、奥日光の原生林に加え、社寺の森として人や信仰と共生した生態系が保たれています。
日光連山の山岳信仰の霊場として社寺が設けられ、古来より山は神として崇められてきました。
そして、人は必要最低限の恵みを山から受けることを脈々と繰り返してきたのです。
その結果、持続可能な風土が築き上げられ、樹齢の長い高品質のミズナラが育つ森が守られているのです。
オークとはどのような樹木?
オーク(oak)とはブナ科コナラ属の落葉樹の総称で、その丈夫で柔軟性のある材質から貯酒用の樽材として活用されます。
英和辞典で調べると「カシ」と訳されることもありますが、カシは常緑樹で、英語で厳密に言うとlive oakです。
カシはその堅い材質から樽材として加工するのは難しく、農具、工具、木刀などとして使われる事が多いです。
また、「ブナ」はブナ科ブナ属の落葉樹で、樹高が30mほどにもなる大木です。
白神山地はブナの純林で、樹齢200年ほどの大木になると年間8tもの水を蓄え、「天然の水瓶」と言われるほどの貯水力があります。そのため水分が多く乾燥に時間がかかり、木材として使いにくいとされています。
「ナラ」といわれる樹木にはコナラとミズナラがあるのですが、材木としてのナラは日本では一般的にミズナラのことを示します。
ともにブナ科コナラ属の落葉樹で、ミズナラの葉はコナラに比べて大きく、葉柄がほとんどありません。
樹高は30mにもなり、コナラに対してオオナラとも呼ばれます。
ミズナラは寒冷地の森林に多くみられ、北海道産が有名です。
英語でいうと文字通りwater oakで、樹液が多く、伸び縮みしやすい材質が特徴です。
そのため樽は液漏れしやすいのですが、適切な選別、加工を行うことで、微量に酸素を通す良質な樽を造ることができるのです。
また、強度もあるため長期間の使用にも耐え、ヨーロピアンオークに匹敵する高級樽として世界的に注目されています。
樽による熟成とは
樽熟成の目的は、酒質をまろやかに落ち着かせ、独特のフレーバーをつけること。
熟成によって原酒の荒い雑味を飛ばし、酒の風味をまろやかにします。
また、ココナッツやバニラの香りなど樽材の香気成分を酒にもたらします。
スモーキーなキャラメル香などは樽の内側をトーストしたことに由来します。
さらに長期間熟成させるとメイラード反応が進み熟成香を産み出します。
また、樽熟成によって酒の成分の親和性が高まり、ハチミツのような甘さ、苦味、タンニン、スパイシーな味わいなどが複雑に調和し、お酒に深みを与えるのです。
蒸留酒用のオーク樽は北米産のホワイトオークが使われることが多く、ココナッツやバニラの風味が特徴です。
それに対して、ミズナラは欧米産オークにはみられない、白檀や伽羅のような極めてオリエンタルな香りが特徴で、2015年に日本の大手ウィスキーメーカーがロンドンのISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)などの世界的大会で金賞を多数受賞し、日本のミズナラは一躍世界から注目されることになりました。
以降その評価は急激に高まり、今では北海道のミズナラは調達することは困難となり、幻の樽材として世界の垂涎の的となっているのです。
「鳳凰美田J-sake」の始まり
小林酒造は、かつて大手蒸留酒メーカーから委託を受け、日光で観光蔵をやっていたことがあります。
その関係性からリキュールへの参入が早くできたとのこと。
地元の製作所と一緒に手製の蒸留機を作り、当初より手造りにこだわった高品質のリキュールを造り続けてきたのです。
また、樽の調達ルートも早くからできたとのことで、鳳凰美田J-sakeは、まさにテロワールの運命に導かれ、日光の地で誠実に活動しているうちにたどり着いたものなのだと気付かされます。
清酒鳳凰美田を蒸留したスピリッツを樽で長期熟成させた「鳳凰美田J-sake」。そのこだわりはもはや説明するまでもないでしょう。
今やリキュール専用の惣社蔵には250もの樽が熟成の時を刻み、2022年東京スピリッツコンペティションで「鳳凰美田J-sake2012」が銀賞を、「鳳凰美田J-sake日光ミズナラ2016」が銅賞を受賞し、開花の時を迎えました。
その魅力が今後さらに高まっていくことは間違いないでしょう。
国産ミズナラ樽はほとんど手に入らなくなりましたが、小林酒造はその関係性から日光産のミズナラの樽材を独占的に取得可能で、それを国内で稀少な樽工場で加工し、調達することができるのです。
日光のミズナラを未来に繋げる
日光の材木工場に貯木されているミズナラは直径が1mを超えるような巨木も目立ちます。
樹齢は軽く200年は超えているのではと、そのオーラに圧倒されます。
20年にも及ぶ天日干しで中心までしっかり乾燥しているので、歪まないとのこと。
長期天日干しで年季の入った外観ですが、カットすると見事に綺麗な樽材となるのです。
さらに、日光市内にミズナラを植樹する計画があり、循環型のビジネススキームを築いていくとのこと。
一般的に木が木材になる年数は、ミズナラを初めとする広葉樹は80年といわれます。
そこから20年天日干しで芯まで乾燥させ、ようやく樽材として陽の目を見る、そんな気の遠くなるような循環を形にしていくのです。
天然林に加え、植樹による人工林を増やすことで安定した調達の仕組みを次世代につないでいく。
地域ブランドの情報発信をする公園を整備し、そこにミズナラを植樹しシンボルとする狙いもあるようです。
蒸留所や貯酒倉庫を併設すれば、市民や観光客が憩える魅力的な場所になること間違いなく、アイデアは尽きません。
山岳信仰が築いた環境に、SDGsに基づいたビジネスモデルを加えることで、持続可能な日光ブランディングを推進していく。
この発想は、新しい地域価値向上のモデルとして注目に値する素晴らしいものとなるでしょう。
「鳳凰美田J-sake」の独特の香りと円熟した余韻を楽しみながら、日光の森に思いを馳せ、唯一無二の日光ブランディングの今後の躍進を大いに楽しみにしたいと思います。