- 1. 早朝の蔵から立ち上る湯気
- 2. デリケートな吸水作業
- 3. 人の手で行う洗米・浸漬・水切り
- 4. 蒸きょうにこだわる訳
- 5. 合理的で機能的な連続式蒸米機
- 6. 直火の和釜で米を蒸す
- 7. 蒸きょうのクライマックス「釜のへそ抜き」
早朝の蔵から立ち上る湯気
酒蔵の朝は蒸きょう、つまり米を蒸すことから始まります。
朝早く、蔵の窓から白い湯気が立ち上る様子は、まるで蔵が目を覚まし、呼吸し、動き出しているような印象です。
鳳凰美田の蔵の入口には大きな蒸し器が据え置かれ、これで米を蒸し上げます。
甑と呼ばれる巨大な蒸籠が和釜の上に乗せられ、大量の米を一度に蒸し上げる工程は昔ながらの手作業で行われます。
杜氏の世界では「釜屋」と呼ばれる蒸きょうの責任者が誰よりも早く起き、和釜に水を張り込んで湯を沸かします。
強い蒸気が立ち上ると甑に米が入れられ、一時間ほど蒸されます。
蔵内には和釜が煮えたぎる音と共に香ばしい米の香りが広がり、酒造りの活気が溢れてきます。
蒸きょうとは、米を蒸気で加熱することによって、デンプンやタンパク質を変性させ酵素の力で分解しやすくすることで、酒造りの準備工程に当たります。
さらに、しっかり蒸し上げると表面の水分が飛び、良い麹の元となる外硬内軟な蒸米に仕上がります。
鳳凰美田にとって和釜は象徴的存在であり、なくてはならないもの。
今回は100年以上こだわり続けているその魅力に迫りたいと思います。
デリケートな吸水作業
良い蒸きょうのためには、適切な吸水を行うことが大切です。
吸水が少ないと蒸米に芯が残り、多いとべちゃっとなってしまい、良い酒造りに繋がりません。
米は自然のもの。収穫の出来によって目標とすべき吸水率が微妙に異なる繊細なものです。
吸水率とは洗米前の米に対してどれだけ重さが増えたかを示す比率のこと。
米を蒸す前に水で糠を洗い流すのですが、実はこの段階からすでに米は水を吸い始めます。
特に高精米された米は精米時の摩擦熱で表面が乾いているため急激に水を吸うので、吸水は数分単位のデリケートな作業になります。
鳳凰美田ではこの作業は、繊細だから故、人の手に委ねられます。
米を少量づつ笊で洗い、浸漬、水切りをする。
そして笊ごとにその重量を計り、洗米前の乾いた米の重量と比べ、目標とする吸水率を達成していきます。
この作業を何度も繰り返すことは大変ですが、良い蒸きょうのためには欠かせないのです。
人の手で行う洗米・浸漬・水切り
洗米は冷たい水に触れながら行う作業です。また、米は絶え間なく水を吸うので手を止めることはできません。
毎日1000㎏もの米を人の手でたゆまなく処理していく作業は気が遠くなるほど地道で過酷なものです。
一般的に、大吟醸など鑑評会用の酒を仕込む場合は、集団で行う「限定吸水」という手法をとります。
数人の蔵人が歌の輪唱のように分単位で少しずつ時間をずらし、人海戦術で洗米、浸漬、水切りを行う作業で、
杜氏が笛やストップウオッチなどを用いて厳密に進めます。
鳳凰美田では、吸水の工程を一人で対応することにしています。
その理由は、一人でやった方が責任が明確になり、気持ちを切らさずに作業ができるから。
当然、蔵人の資質にもよるのですが、適任者を見極めて育てる蔵元の空気があるが故できる。
伝統を支える蔵元と熟練した蔵人がいるからこそ、人の手でしか成し得ない唯一無二の価値が生み出せるのです。
蒸きょうにこだわる訳
前の記事でご紹介の通り、鳳凰美田の仕込み水は超軟水の御神水。
鉄やマンガンが少ないだけでなく、麹菌や酵母の栄養となるミネラルも少ないため、
結果的に発酵が穏やかになる特徴があります。
ミネラルの多い硬水を使用する灘の寒造りでは、吟醸酒を仕込むには特別に造られた吟醸用の麹を使います。
それによってじっくりと発酵することができ、香り高い吟醸酒が造られるのです。
一方、御神水による酒造りはもともと発酵が穏やかなので、鳳凰美田らしいみずみずしくフルーティな香りの吟醸酒を造るためには、健全で酵素力の高い麹と分解しやすく蒸された米が特に重要となり、そのためには良質な蒸きょうが欠かせないのです。
合理的で機能的な連続式蒸米機
かつてはほとんどの酒蔵が和釜を使っていました。
しかしながら、1日に大量の米を手作業で蒸すには限界があり、今では連続式蒸米機が開発、導入されています。
連続式蒸米機は、蒸気を一定温度に自動制御しながら連続で米を蒸すことができる合理的なものです。
さらに米の投入量や蒸し時間の調節が可能で、蒸米の硬軟調整の機能も備わっています。
理論的には米は100℃の蒸気によって20分で蒸し上がるとされ、効率良く大量の米を蒸すことができ、一定の品質を大量に生産するのには向いています。
しかしながら鳳凰美田のような繊細な酒造りの場合は、より細やかな対応ができる人の手による伝統的な手法の方が適しているのです。
直火の和釜で米を蒸す
伝統的蒸きょうでは、和釜を沸かして発生する蒸気で甑の米を蒸すのですが、
全ての工程は手作業で蔵人の感覚によって確認されながら進められます。
さらに、蒸気の温度は100℃ですが、金属製の和釜の水に浸っていない部分は、直火で加熱するためかなりの高温になります。
蒸気はその部分に沿って甑に入るため再加熱され、結果的に100℃より少し高い温度に。
あくまでも個人的な推察ですが、その温度が絶妙の過熱をもたらし、
時間をかけて力強く蒸しあげる事で理想的な蒸米が生み出されるのでしょう。
創業以来脈々と酒造りがおこなわれる中で継承されているこの方法には、伝統と人に裏付けられた無双の価値があるのです。
蒸きょうのクライマックス「釜のへそ抜き」
モクモクと蒸気が立上がり、天幕が張り裂けんばかりに膨らんだ甑はエネルギーに溢れ、酒造りの中で絵になる光景のひとつです。
そして、この工程のエンディングを飾るのが「釜のへそ抜き」。
「釜のへそ抜き」とは、米が蒸し上がり、釜を加熱している蒸気を抜く最後の作業のこと。
高温の蒸気を開放する危険を伴う作業で、熟練した蔵人が釜の木栓「へそ」を木槌で一気に打ち抜きます。
爆音とともに蒸気が勢い良く噴き出し、徐々に静まっていきます。
先ほどまでエネルギーに満ちていた釜はその威を静め、穏やかな空気を取り戻していく感動的ラストシーンに息を凝らします。
その一方、甑の上では蔵人が手を休めることなく蒸米を掘出し、放冷の工程に移っています。
蒸し上がった米は熱い上、水分を含んで重たい。
「蒸取り」と呼ばれるこの工程は手作業でやるとかなりの重労働で、かつ危険を伴います。
蒸米が速やかに放冷され、麹室に引き込まれるこの一連の工程は蔵人が総出で働き、酒造りの中で最も華のあるシーンです。
まるでオペラや歌舞伎のような計算し尽くされた躍動は、もはや芸術的といえるでしょう。
熟練した蔵人は体の動きで仕事を覚えているので、臆することなく粛々と作業を進めていく。その面構えには酒造りに真摯に向き合う生きざまがにじみ出ます。このように蔵人が手仕事を重ねることで米に魂が宿り、いよいよ酒造りは本番といえる製麴や醪造りの工程に進んでいくのです。