田植え作業
田植えは、苗をしっかりと根付かせ、健やかに成長させるための作業で、稲作の中でもとりわけ大切なものです。
今回は実際に田植え作業をすることで、葛城山麓醸造所のプロジェクトの第一歩を踏み出します。
酒専門店鍵やのスタッフは全員田植え初心者ですが、長靴、手袋、帽子など準備万端、やる気満々で臨みます。
幸い雨も小降りになり、今回田植えの機会を提供してくださった杉浦さん、油長酒造の中川さん山下さんの指導のもと作業を進めていきます。
まず苗の束を手に持って、田んぼに入ります。
足を入れると土はぬかるんで柔らかく、作業用長靴を履いていても、どんどん沈んでいく。
杉浦さんの田んぼは土壌が砂地で柔らかく、足を取られそうになります。しっかりと足にフィットした長靴が田んぼの作業には欠かせないようです。
足場が安定せずに戸惑っていると、山下さんから「踵から後ろに下がると進みやすいですよ」とアドバイスを頂きました。
確かに重心を後ろにかけてみると歩きやすくなり、何とか作業ができそうです。
それでは実際に田植えを行います。
手に持った苗を3本ずつぐらい取り分け、茎の下のほうを持ち、土に差し入れるように植えていきます。浅すぎると倒れてしまうので、やや深めにするのがコツのようです。
後ろに下がりながら、苗のラインが真っすぐになるように、株と株の間隔を均等にあけて植えていきます。
そうすることで風通しが良くなり、太陽の光も株までしっかり届くのです。
しばらくすると手際が良くなりますが、中腰での慣れない作業は腰に負担がかかってきます。
田植えには体力や根気が必要です。足場が悪い中、泥で汚れたり虫に刺されたりしながらの作業は、素人には大変な挑戦だと思います。
その一方で、田んぼの中で土や苗の香りを身近に感じ、カブトエビなど虫の姿を目にしていると、まるで自分も里山の一部として溶け込んでいるような、そんな心地よい気持ちも得られるのです。
作業を終え、田んぼから上がると、泥で汚れた長靴や手袋を取水路の水で洗い流します。
山からの水は冷たくて気持ち良く、疲れた体を癒してくれます。
農業は人と自然が共存する中で成り立っているのです。
今回の貴重な体験で、農業の尊さや自然の恩恵に対する感謝の気持ちが高まりました。
「秋津穂の里」の気候風土
「秋津穂の里」で長年にわたり棚田農業が続けられてきたのは稲作に適した気候風土があったからなのでしょう。
土壌は花崗岩の砂地で、水捌けが良く1〜2日で水が染み込んでしまうため、定期的に水を入れる必要があります。
一般的な田んぼの土壌は適度に粘りがあり、栄養や水を保持しやすい性質なのですが、「秋津穂の里」の土壌は少し異なり、それゆえ農薬を使わない特別栽培にも適しているのかもしれません。
水捌けの良い砂地土壌のため稲の根はしっかりと張り、根腐りなどの問題も起こりにくい。
山からの冷たい水は稲に必要なミネラルを与え、心地よい風は棚田の空気を入れ替え、稲の健全な生育を支えています。
さらに棚田の斜面は東向きのため早朝から豊富な日照を受けるのですが、午後3時には日陰となり、夕方頃には気温が下がって涼しくなる。その結果、昼夜の気温差が生み出され、良質なデンプンの生成が促進されるのです。
土壌の特性、水の供給、風の影響、そして日照と気温の関係。
これらの要素が組み合わさって、「秋津穂の里」の棚田農業の礎となっているのです。
山麓に広がる棚田は標高400~450mに位置し、周囲の地形や風の流れによって微妙に気候が変化します。
雨が上がったと思ったら数十分で霧が立ち込め、周囲の景色が見えなくなることもあり、ワイン名醸地のブドウ畑と似たような印象を受けます。ワイン名醸地では微妙な気候の変化がブドウの生育に大きな影響を与え、最高品質のワインが生み出されるのです。
「秋津穂の里」の棚田においても同じような可能性があるのでは、と感じます。
そして稲の生育に多様性と複雑さをもたらし、豊かな風味や品質の酒を醸してくれることを期待します。
人が手をかけて里山を維持すること
先日の集中豪雨で棚田の一部が崩落する被害がありました。
その場所は、土手の土がむき出しのままになっており、自然災害の恐ろしさを物語っています。
幸い人的被害はありませんでしたが、その棚田の作付けは諦めざるをえないようです。
再び耕作可能な状態に戻すには、重機を使って修復する必要があります。
里山は人が手をかけて維持していかないと荒れてしまう。
地域産業の縮小や人口減少によって里山に手をかける人が少なくなり、全国的に里山の荒廃や自然環境の悪化が進んでしまっていると、杉浦さんは危惧されています。
里山を保全するためには、地域住民や関係者が協力し、持続可能な産業や地域の価値を活かす取り組みが重要です。
また、里山の魅力や重要性を広く知らしめ、関心を高める啓発活動も必要でしょう。
今回のプロジェクトは、まさにその課題に真っすぐ向き合ったものなのです。
今回の棚田の被害について杉浦さん自ら公式チャンネルで詳しく紹介されています。
被害の大変さや杉浦さんの想いが伝わってきますので、是非ご覧ください。
里山の環境を保つこと
杉浦さんが特別栽培にこだわる理由は、里山の環境保全のためでもあります。
農薬を使用すると里山の生態系に対して負の影響を及ぼし、その影響は里山だけにとどまらず、社会全体にも広がってしまう。
そして水害や温暖化といった気候変動、害獣や害虫の異常繁殖などの社会問題を生み出してしまうのです。
また、人口の減った里山にソーラーパネルや産廃処理場などが設置されると、美しい景観が乱されてしまいます。
里山保全は、農業の活性化や人の定着だけではなく、広く調和した環境を保つことが求められるのです。
杉浦さんの特別栽培は農薬不使用のため、周囲の生態系への影響を最小限に抑えています。
ですから杉浦さんの田んぼ周辺にはカエルや虫がたくさんおり、豊かな里山の風景を保っているのです。
地域の水源や生態系を健全に保つことで、里山の環境保全や生物多様性を維持していく。
そういった努力が、潤いのある魅力的な里山につながっていくのでしょう。
「秋津穂の里」のシンボルとなる酒を造る
この度、杉浦農園に新しい社員が加わりました。
もともとNPO法人で地域活性の取り組みをされていた方で、以前より杉浦さんと仕事をされ、その想いに共感し就農されたとのこと。
「秋津穂の里」の保全活動は、持続可能なものとして着実に進みだしているのです。
田植えイベントなどの活動を通じて、棚田農業の大変さが理解されるようになり、またイベントを盛り上げることで人々が「秋津穂の里」に集まるようになってきました。
杉浦さんの里山保全の想いと油長酒造さんの日本酒造りに対する想いは既にWin-Winの関係性を築き始めているようです。
この度その活動に酒屋が参画することで、さらなる相乗効果を生み出し、地域の活性化や自然環境の保全につながっていくことが期待されます。
そして、その実りを日本酒という形にするのが葛城山麓醸造所なのです。
いつしか雨も上がり、霧も晴れ、醸造所予定地近くにある八幡神社の広場から眺める景色は格別です。
心地よい風が吹き抜け、展望台から見下ろす棚田の水面は空や山を映し、キラキラと輝いています。
その向こうには台高連山や大和三山が眺望でき、人の心をホッとさせる魅力があります。
着工を待つ蔵はそんな里山の景観に調和するデザインになるとのこと。来春には完成し、棚田の水面にその姿を映すことでしょう。
そして「特別な風の森」として醸される酒にはこの地の豊かな風土が映され、地域活動のシンボルとして地域の誇りとなっていくことでしょう。
田植えは、初心者にとって厳しい作業ですが、この体験を通じて農家の方々の努力や農業の大切さを改めて実感できました。
そしてこれからも棚田農業を応援し、その恵みに感謝しながら、おいしいお米、そしてお酒が造られる姿を見守っていきたい、そんな気持ちが溢れてきました。
次編では田植え後の棚田の手入れについてお伝えします。
実際に草取り作業を体験し、その大切さを皆様と共有し、「秋津穂の里」の魅力をお伝えできればと思います。