酒をつくる酒屋が参画する「特別な風の森」~棚田の草取りと番水~

棚田の手入れ~草取り~

初夏を思わせる好天の中、3週間ぶりに「秋津穂の里」にやってきました。

苦労して植えた苗は倍以上の背丈になり、健やかに育っているようです。稲は真っ直ぐ伸びていき、しばらくすると下の節から枝分かれし、株がどんどん太くなっていきます。

草取り

ところが、田んぼにおいて育つのは稲だけではありません。雑草も生えてきます。
雑草は芽を出してから数日で生長し、田植えの時には綺麗だった田んぼにはいたるところに何種類もの雑草が茂っています。

雑草は稲と競うように育つので、稲から必要な養分を奪い、生育を阻害し品質にも影響します。ですから草取りは非常に重要で、丹精込めて稲を育てるために欠かせない作業なのです。

今回も杉浦さんと油長酒造さんに機会をご提供いただき、棚田の草取りを体験します。

通常の稲作では、田植え前後に除草剤を散布するので草取りの必要はありません。しかし、農薬を使わなければ草取りは欠かせません。

草取りをするのは1シーズンに3回ほど。
電動や手押し式の草取り機も使いますが、最終的には手作業で丁寧に取り除きます。

草取り

棚田に生える雑草には「セリ」「ホタルイ」「ヒエ」「クサネム」「オモダカ」などがあります。

これらの雑草は稲作には有害なのですが、里山の生態系にとっては必要な要素であり、生物多様性の一環です。たとえば、セリは春の七草のひとつで、爽やかな香味野菜として食べることもできます。

確かに除草剤の開発は日本の稲作に画期的な進歩をもたらしてくれました。しかし農薬で雑草を根絶してしまうと、里山の豊かな生態系に影響を与える恐れがあるのも事実です。

だからこそ杉浦さんは農薬を使わない特別栽培にこだわられるのです。

草取り作業

草取り

杉浦さんから説明を受け、実際に田んぼの雑草を取っていきます。

今回は田植えの経験を活かし、足にフィットした長靴を用意しました。長靴を紐で固定すると足を取られることもなく、歩きやすい。
田植えは後ろ向きでしたが、草取りでは前に進みます。

雑草は取り残さないように丁寧に作業することが大切です。特に根を残さないように、手を熊手のように使い土の中をかき回しながら行います。

草取り

ゆっくりと前に進みながら雑草を取っていきます。

セリは判りやすく、小さければ簡単に取れます。ヒエは稲と似ていますが、稲のラインから外れた小さいものはだいたいヒエです。
また、稲には袴のような産毛が生えていますがヒエにはありません。ヒエの根は意外に長い。指をしっかり土に入れ、根からかき取ります。

取った雑草は畔に投げるか、土の中にしっかりと埋める。土に埋めると日光が当たらないので数日で枯れてしまうそうです。

草取り

雑草は生育が早いので、小さいうちに取ってしまうことが大切です。また、雑草は取り残すとすぐに再生してしまいます。

特にイグサに似たホタルイは取り残した球根からいくらでも生えてくる。ヒエは取り残すと穂が出るまで稲と区別し難い。
オモダカは大きくなると花が咲き、大量の種が風や水によって広がってしまうなど厄介です。

草取り

草取り作業は土をかき回すので酸素がいきわたり、稲の成長に好影響を与えますが、根を痛める恐れもあります。
ですから稲の根が広がるように伸びてくる7月中旬頃までに草取りは済ませてしまいます。

草取り

草取りは体力的にも精神的にも辛い作業です。
しかしながら、根気強く丁寧に行うことで稲の収穫量が3~4割も変わるほど効果があり、やりがいがあります。

雑草がまだまだ茂っている前方を見るとがっかりします。しかし、後ろが綺麗になっているのを見るとやる気が出ます。
ひたすら下だけを見て草取りに集中するのがコツだそうです。

農機具を用いた草取り作業

草取り

「手押し草取り機もあるので、その作業もしてみましょうか」と、杉浦さんから提案がありました。
この農機具は、文字通り手で押すだけで雑草が取れるものです。

その構造は、舟型の本体に手押しハンドルがついており、本体の先端はフロートと呼ばれる浮きになっています。

草取り

本体部分には前後に刃型のローラーがあり、前のローラーで雑草を抜き、後ろのローラーで抜いた雑草を土に埋め込む仕組みになっています。作業時にはフロートを少し浮かせて、株の間を押したり引いたりしながら進んでいきます。力を加減し、少し引いてから押すことがコツのようで、慣れてくると効率よく楽に作業ができます。

草取り

手押し草取り機は明治時代に開発されて以来、ほとんど構造は変わっていないとのこと。
農家の知恵と試行錯誤が凝縮された偉大な発明は、環境にもやさしく、今もなお大いに役立っていることに敬服します。

棚田の手入れ~番水~

草取り

杉浦さんに“大字伏見「養水」時刻表”という表を見せて頂きました。
昭和30年8月調整と記されてはいますが、時間は五ツ水、四ツ水、明六ツなどと記されており、実際作られたのはもっと以前のようです。

「養水」とは「やしないみず」と呼び、この表は農業用水の権利を田んぼ毎に定めたものです。

草取り

日毎に時間が区切られ、さらに量は1/2、1/3、1/4など細かく決められています。
その量は取水路の要所に設けてある塔で調整する仕組みになっています。

里山の棚田から平地に至るまで、稲作用の水を広く行きわたらせるために必要なものなのです。

草取り

この制度は、当番、順番の意味からか「番水(ばんみず)」と呼ばれています。
番水は昼夜関係なく決められているので、夜間の作業も度々あるようです。

表に書かれている内容は細かく複雑に見えますが、「皆さん番水の時間は頭に入っている」とおっしゃる杉浦さん。
水が少ない年は番水で田んぼに水が満たされないこともあり収穫に影響する。

番水の時間は身に染みて覚えるほど農家にとっては重要なものなのです。

草取り

水利管理は集落によってそのやり方は違い、当番が全体の田んぼに水を入れる集落もあるようです。

水捌けのよい伏見の棚田では頻繁に水を入れる必要があるので、多くの棚田農家が共存していくために、知恵を出し合って番水が定められたのでしょう。

草取り

番水の源流は、棚田の頂上から山道を15分ほど登ったところにあります。
長々と続く取水路に沿って進んでいき、前方に砂防ダムが見えてくるとそこが源流です。ダムから流れ落ちた水は沢に向かっていきます。

その流れを、途中から里山側に引き込むように取水路が造成されているのです。
人によって造られた取水口なのですが、長年の水の流れで自然に溶け込んだ姿になっています。

草取り

この取水路は、揚水ポンプなどを用いることなく自然の力だけで、そこから里山まで延々と続いています。
また、里山の少し手前には大型の桝があり、水量が多いとここから沢に水を放流できる水門が設けられています。

この取水路は、自然環境と調和しながら、長年にわたり里山の営みを支え続けているのです。

里山と共生する棚田農業

草取り

棚田農業は地道な手作業が多く、決して楽なものではありません。
なかでも草取りは体力も神経も使う大変な作業です。

作業を終え、上から田んぼを見ると、苗が不器用に植わっている様子から我々が作業した場所が分かります。
そして、丁寧に草取りをして綺麗になった棚田の姿を見ると誇らしく、嬉しい気持ちが溢れます。

杉浦さんの棚田での作業を通じ、田植えの仕組み、雑草が何であるか、草取りのやり方などを知ったのは貴重な経験になりました。

草取り

作業の終わりに杉浦さん自家製の梅ジュースをいただきました。
これに塩を入れると熱中症対策は万全。まさにロハスで、自然と共に生きるライフスタイルの素晴らしさを味わいました。

自然や環境を重視する杉浦さんの特別栽培にはかけがえのない良さがあります。
農薬は風で飛んだり川に流れたりしないよう注意が必要ですが、使わなければその必要はありません。

農薬不使用だと子供が安心して田んぼに入れます。
親子で里山を訪れ、親は棚田農業を手伝い、子供は虫や草花があふれる棚田で遊ぶ。
農薬不使用だからこそ、里山再生のために人が集まりやすくなる。杉浦さんの特別栽培にはそのような思いが込められているのです。

草取り

里山の棚田は天然のビオトープ。子供たちにとって貴重な学びの場となります。
子供たちが自然の魅力を体験し、また来たいと思えるような環境を保つことは非常に重要です。

そしてこの美しい棚田を100年先に繋げていく中心的な存在となるのが葛城山麓醸造所なのです。

次回はついに醸造所の建設が始まる様子をお伝えします。
棚田で遊んだ子供たちが成人し、この醸造所で醸された酒を飲んでくれる。そして自らの家族とともに「秋津穂の里」を訪れてくれる。
そのような未来を想像すると、プロジェクトを応援する気持ちが益々高まるのです。

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