酒をつくる酒屋が参画する「特別な風の森」〜葛城山麓醸造所の地鎮祭〜

「秋津穂の里」の盛夏

地鎮祭

梅雨も開け、午前中にもかかわらず「秋津穂の里」には真夏の日差しがジリジリと照りつけています。
丁寧な草取りの甲斐あってか、私たちが植えた稲は腰の高さまで伸び、力強い息吹を感じます。

周りを見渡せば、棚田には青々と茂った稲と新緑が広がっています。水が張られた棚田の水面は稲の影を映し、瑞々しい緑の階段が美しい情景を形作っています。

今日は葛城山麓醸造所の地鎮祭です。

棚田の稲は風にそよぎ、さざ波のように揺れ、爽やかな稲の香りが漂います。穏やかな里山の自然に包まれながら、神事が厳かに行われます。

地鎮祭

「秋津穂の里」の地鎮祭

地鎮祭

地鎮祭とは、建設工事を始める前に行われる日本の伝統的な行事で、土地の神を祭り、工事の安全と建物の無事完成、繁栄を祈願するものです。
神職を招き、施主、建設会社などの関係者が参列します。棚田での田植えや草取りとはまた違った気持ちで「秋津穂の里」を感じます。

地鎮祭

建設予定地には式典用のテントが張られ、すでに準備が整っています。

参列者は施主の油長酒造山本長兵衛社長をはじめ、鍵やスタッフを含む20名ほどで、神職から直接手水で手を清めてもらい、それからテントに入っていきます。テントの前方には四隅に青竹が立てられ、しめ縄で囲まれた祭場が設けられています。

地鎮祭

その中の祭壇には、御幣が飾られた榊が祭られ、米や餅、野菜、海産物、塩、水などたくさんの「神饌」が三方に載せられ、丁寧にお供えされています。

これらは神様へのお食事で、酒は瓶子へいしと呼ばれる祭器に入れて供えられています。
祭壇の横には参列者からの「奉献酒」も供えられています。

地鎮祭

全員が整列したところで、神職の一声で厳かに開式が進められます。
神職は純白の斎服と紫の袴を着用し、烏帽子を被った装いです。

祝詞が始まると祭場が一瞬で厳粛な雰囲気に包まれます。この方は、御所に古くから祭られる鴨都波神社の宮司である松本邦夫さんです。
蝉の声、稲が風に揺れる音だけの静寂の中で、神職の祈りと大幣を祓う音が神聖な時を刻んでいきます。

土地の神様に安全と繁栄を祈る

地鎮祭

地鎮祭の最初の儀式は「修祓しゅばつの儀」です。この儀式では参列者や供物をお祓いし、清めます。

次に「降神の儀」により神様を祭壇に招きます。準備が整うと、祝詞が奏上されます。祝詞の内容は、建設場所や広さ、施工主、設計者、建設会社などを詳細に伝え、工事の安全と繁栄を祈願するものです。

「守り賜い、恵み賜い、幸い賜えと、かしこかしこみ、もまおす」

祝詞の文言は格調高く、神に祈る想いが織りなされた言霊のように響き、凛とした余韻がいつまでも続きます。

地鎮祭

次に「四方祓い」で土地を清めます。敷地の四方を神職と施主の山本社長が敷地の四方を周り、大幣でお祓いした後、米、酒、塩、切麻きりぬさを撒いて清めます。

地鎮祭

そして地鎮祭の中心的な儀式である「刈初・草刈初・鍬入れ」が行われます。
この儀式では、祭場に盛られた砂山に鎌・鍬・鋤を入れます。
鎌は設計者、鍬は施主、鋤は施工者がそれぞれ手にし、「エイエイエイ」と3回唱えながら、儀礼的に砂を崩します。
そして土地の神様へのお供物を土の中に埋めます。

一連の儀式が厳かに滞りなく進行すると、次は「玉串拝礼」です。
玉串とは、榊などの常緑樹の小枝に紙垂しでをつけたもので、これを献じることで神様と交流するのです。両手で玉串を持ち、茎を祭壇に向け、参列者一人ずつが真心を込めて捧げ、拝礼します。

これで地鎮祭の儀式は終了です。神様にお帰りいただく祝詞が唱えられ、神職から閉式の言葉があります。

地鎮祭

山本社長から参列の謝辞があり、無事に建設が進むと来春に竣工する予定だとお話がありました。
土地の神に守られ、素晴らしい醸造所が完成することが楽しみです。

土地の神様がもたらすもの

地鎮祭

自然災害から守られ、水や天候にも恵まれ、病虫害から守られ、五穀豊穣に恵まれる。
健全な里山の姿こそが、土地の神様がもたらしてくれるもので、人々は幸せを感じるのでしょう。

葛城山麓醸造所の目的は棚田農業を100年先に繋げること。
「秋津穂の里」の環境を尊重しつつ、人々の交流や新たな産業を生みだすことがその役割です。

地鎮祭

建物の設計は、地元に事務所を構え一級建築士として活躍される吉村ただしさんによるものです。
伝統技術と吉野杉などの地域の材料を生かした手法が魅力で、油長酒造さんの「大和蒸留所」も手掛けられた実績のある方です。

建築会社も地元で、地元奈良の素材を100%使用し、人も素材も地域性にこだわっています。
デザインも棚田の景色に馴染むもので、酒造りに加えてビジターセンターのような役割も果たし、酒に携わる人が集い、緑との繋がりを育む施設になることでしょう。

ここで棚田の米を使い酒が醸され、その酒を通じて多くの人が集い、新たな里山のスタイルがもたらされていくと思うと、来春の竣工が待ち遠しいです。

棚田からもたらされる恵み

地鎮祭

地鎮祭の後、杉浦さんにご案内いただき、田んぼの話を聞きました。
私たちが作業をした稲は順調に生育しており、8月末頃には出穂の予定です。

今は穂肥ほごえと呼ばれる、登熟を助けるための追肥をおこなう時期です。

地鎮祭

厳しい連日の暑さの影響が懸念されますが、稲の生育には問題なく、むしろ冷夏のほうが収量に影響することがあると教えていただきました。

一方で雨が少ないことは気がかりで、取水路の水も実際3割ほど減少しています。しかし、6月の豪雨が天然のダムのように山に蓄えられたおかげで、なんとか水不足は避けられているようです。

地鎮祭

早生品種が植わっている別の田んぼでは、既に出穂の兆しが見られました。稲の花が開く過程では、最初におしべが咲き、後からめしべが現れて自家受粉が行われます。

そして1ヶ月半ほどで稲は収穫の時を迎えるのです。

地鎮祭

今は水が一番必要とされる時期で、田んぼには水がしっかりと張られています。
杉浦さんの田んぼには、ミズカマキリ、マツモムシ、タガメ、トノサマガエルなど、農薬の影響でほとんど見かけなくなった生き物たちがたくさん集まります。

地鎮祭

特にミズカマキリは農薬に非常に弱く、一部地域では絶滅が危惧されるほどです。

農薬不使用の特別栽培だからこそ、このように生き物たちが暮らしていける。そして生態系のバランスが保たれるおかげで、病虫害の被害も抑えられるのです。

地鎮祭

田んぼの周囲には野花が彩りを添え、野鳥のさえずりが響き渡ります。
青々とした棚田では、葉の間で静かに幼穂が育っています。もうすぐ出穂し、開花して稲穂が実ることでしょう。

地鎮祭

今年の収穫予定日は10月15日。
今年の米が素晴らしいものになることを願いつつ、その米がどのような美味しい酒になるか、今からとても楽しみです。

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