- 1. 葛城山麓の棚田へ向かう
- 2. 葛城山麓醸造所のプロジェクトの目的
- 3. 杉浦農園・杉浦英二さんによる里山保全
- 4. 特別栽培(農薬不使用)を支えるボランティアの力
- 5. 特別栽培(農薬不使用)で作る「美味しい秋津穂」
葛城山麓の棚田へ向かう
江戸時代、多くの人が往来する交通の要地として、商業が盛んに行われて発展した町、御所。奈良盆地の南西部に位置し、葛城山が近くにそびえる風景が広がっています。
幸い、前日の大雨予報は外れ、小雨程度になったので、予定通り田植え作業ができそうです。
今回訪問する場所は、油長酒造さんと契約栽培を行っている杉浦英二さんの棚田です。同行いただくのは油長酒造の中川さんと山下さん。
中川悠奈さんは油長酒造・風の森の醸造責任者です。山下晃司さんはご実家が農家の蔵人で、酒造りと農業の両面からの経験を持つ方です。
この度、山麓に新たな醸造所を建設し、その周辺の棚田で収穫された米で日本酒を醸造するというプロジェクトが始まります。
これは酒屋と蔵人が共に手を取って挑む新しい試みであり、「日本酒の力を通じてこの地の棚田農業を次世代に継承できるのではないか」という油長酒造さんの発想から生まれました。
油長酒造さんはこのアイデアに賛同する酒屋を募り、酒専門店鍵やはその想いに大いに賛同し、参加することに致しました。
そして、棚田農業を体感し、その魅力や楽しさを存分にお伝えすることで、プロジェクトの成功に貢献したいと考えています。
葛城山麓醸造所のプロジェクトの目的
葛城山麓醸造所の建設予定地は、御所市伏見と呼ばれる地区です。建設現場で室町時代の土器が見つかったように、室町〜江戸時代にかけて荘園農地を広げるために山を開墾して造られた歴史があります。
自然環境に恵まれ、長きにわたり棚田農業が盛んにおこなわれてきたのですが、現在は高齢化が進み、後継者不足によってその存続が危惧されています。
地元、葛城山麓の「秋津穂」で造る生酒は風の森ブランドの原点。このような状況をなんとか打開するため、油長酒造さんは葛城山麓醸造所の設立を決断されました。
今回のプロジェクトでは、斬新なビジネススタイルを採用しています。
それは、酒屋が仕込み前に棚田で収穫された米を購入し、その米を葛城山麓醸造所で「特別な風の森」として醸造し、酒屋が販売するという形式です。このビジネススタイルは、プロジェクトに賛同する酒屋が適正価格で米を購入し、酒を販売することで、フェアトレードとクラウドファンディングを融合させた画期的な取り組みといえます。
棚田農業の風景や作業の美しさは大切な日本の文化です。このプロジェクトを通じて酒と農業の絆を強めることで、棚田農業の収益力を高めて持続可能なものにしていくことがその目的なのです。
この山麓で主に栽培されている米「秋津穂」はヤマビコと日本晴の交配品種です。中生で、強い茎を持っているため、倒れにくく、収量が安定しています。ごはんとしても美味しいですが、八反錦の父として知られるように酒造適性もあり、特に油長酒造さんではフラグシップ米と位置付けられています。
中川さんがおっしゃるには、同じ「秋津穂」でも生育状況によって仕込みでの溶け具合が変わる、とのこと。そしてその程度によって精米歩合を変えて使い分ける。
油長酒造では香りが穏やかな7号系単一酵母を使用しているため米の違いが分かりやすく、
「棚田の秋津穂の特徴を低精米でしっかりと引き出したい」と中川さんは既に醸す酒をイメージされているようです。
杉浦農園・杉浦英二さんによる里山保全
杉浦英二さんは33歳の時にこの葛城山麓で農園を立ち上げ、水に恵まれ土地が荒れていなかった伏見の地を里山保全の拠点とされています。12年前に特別栽培(農薬不使用)をスタートし、若い方の就農促進にも取り組まれ、持続可能な里山農業の構築に尽力されています。
7年前から「秋津穂」の特別栽培(農薬不使用)をスタートし、油長酒造さんと協力関係のもと、お酒を通じた里山保全活動にも積極的に取り組まれています。
その結果、伏見地区の棚田には人が集い始め、杉浦さんはこの場所を「秋津穂の里」と親しみを込めて呼んでおられます。
里山とは、都市や集落に近い山すそで、農業や果樹園、林業などさまざまな産業で人の生活を支えている地域のこと。現在、それらの産業が少なくなり、荒れていく里山が増えています。
「里山を守るには、人が住む必要があります。だからこそ農業の価値を高めていきたい」と杉浦さんはお考えです。
価値観が多様化し、インターネットでどこでも仕事ができる時代になり、里山の産業の形も変わりつつあります。より多くの人が集うことで、里山の新しいライフスタイルの可能性はどんどん広がっていくことでしょう。
特別栽培(農薬不使用)を支えるボランティアの力
杉浦さんが酒造用「秋津穂」の特別栽培(農薬不使用)に取り組むことを考えた時、油長酒造の現蔵元は「農家の皆さんが米を作れないと酒が造れない」と迷うことなく賛同されました。
特別栽培(農薬不使用)は、化学的な農薬や肥料を最小限に抑え、自然の力を活用して作物を育てる手法です。
この手法では、土壌の健康を保ち、環境への負荷を軽減するのですが、同時に手間や労力もかかります。そこで、人手を確保するために田植えイベントが開催されたのです。
油長酒造さんがお酒の販売ルートを通じて声掛けすることでボランティアが集まり、現在では100人を超える規模になっています。
田植え終了後には秋津穂のおにぎりを提供するなど、里山の棚田農業の魅力を実感してもらうための取り組みが行われています。年々イベントのコンテンツも増えており、「秋津穂の里」を中心にコミュニティの輪も広がっています。
田植え後、程なく草取り大会が開催されます。特別栽培(農薬不使用)では農薬を使用しないため、雑草が茂りやすく、7月中旬までの間は毎日のように草取りが必要です。
膨大な手間がかかる特別栽培(農薬不使用)には、酒米作りに関わるために集まってくださるボランティアはありがたい存在なのです。
特別栽培(農薬不使用)で作る「美味しい秋津穂」
「棚田農業は手間がかかる一方で収量は少ないのですが、その代わり品質が良くなる」と杉浦さんはおっしゃいます。
棚田から少し離れた畑に立派な苗が育っており、「これは手播きした秋津穂の苗です」とのこと。
昔は畑に籾を手播きする苗が一般的でしたが、杉浦さんはそのやり方を取り入れてみたそうです。手播きされた苗は苗自体が強くなり、田植えも容易になるとのこと。
「この大きい苗だと田植えは1本ずつで良い。苗が強いので雑草に負けずにスクスクと育ってくれます」
そうおっしゃる杉浦さんの情熱と努力が、棚田農業の存続や良質な米作りに繫がっているのです。
特別栽培(農薬不使用)は肥料をやらないため、害虫は来ません。数年前流行ったウンカも全く被害が無かったとのこと。収穫は10月上旬であるため獣害の心配もありますが、柵やネットを使って予防策を講じているようです。
杉浦さんは、環境への配慮や自然との共生を大切にしておられます。農業における様々な課題に対して工夫を凝らすことで、高品質な米を育てることができるのです。
2022年の秋、杉浦さんの「秋津穂」が皇室の新嘗祭に献上されたとのこと。これは各都道府県からひとつずつしか選ばれない栄誉で、その品質の高さと里山での取り組みが大きく評価された結果といえます。
葛城山麓醸造所は「秋津穂の里」の魅力を凝縮したような酒を醸していくでしょう。
酒屋、酒蔵、農家の三者が協力し、消費者も含めたみんなで里山に関わることで距離を縮め、酒、米、農業の魅力を発揮できる。油長酒造さんの想いに共感する酒屋が協力し、コミュニティの輪をさらに広げ、多くの人々が里山に集まる活動が行われるのです。そして、その活動を酒という形に具現化するのが葛城山麓醸造所なのです。
次編では、酒専門店鍵やスタッフが実際に田植えに参加し、このプロジェクトへの第一歩を踏み出す様子をお伝えします。
このような参加を通じて、直接農業に携わりながら、葛城山麓醸造所のプロジェクトに関わる喜びや意義を実感できることと思います。